第11話 影武者クリニックにて
影武者クリニックは、名前以外どこにでもある普通のクリニックだった。白い壁に浮き彫りにされた病院名も、ごく普通に彫られているからスルーしてしまいそうだ。由来がとても気になる。
由来は、自動ドアを抜けた正面の太い丸柱に説明板が設置されていた。
「初代院長が黒澤明のファンだからです」
……そうですか。僕は仲代達矢が好きです。
珍妙な名前の病院だけど、そこそこ繁盛しているみたいで、座席は七割埋まっていた。ただ、回転率も早くて、出入りが激しい。
僕みたいにお見舞いに来た人が半分くらいみたいだ。受付を済ませて番号票を受け取った。
「すぐにお呼びしますので待合でお待ちください〜」
受付のお姉さんが懇願するように言った。混んでるように見えるから、近くのコンビニで一服……なんて人がいるんだろうなぁ。
十分もせずに呼ばれた。学生証を提示して、同じ学校の生徒だって確認が取れたから見舞いを許可された。江藤先輩の肩を砕いたのも同学なんだけどね。
聴診器をスタイリッシュに首から垂らす壮年の先生に病室まで案内される。
「江藤君。お見舞いだよ。開けていいかい」
「どうぞ、入ってください」
運動部らしい、はきはきした返事が返ってきた。
部屋に入ると、肩を固定されて窮屈そうな先輩が、頭だけ動かして会釈した。
「君は……」
「二年の小野寺紡です。蒲池さんの、友達です」
「そうか……」
そう名乗るしかないよね。
「わざわざ俺のところにも見舞いに来てくれたのか?ありがとな」
「どういたしまして。これ」
病室は真っ白なイメージがあったから、カラフルなフルーツキャンデーのアソートを持ってきたんだ。
渡された先輩は一瞬きょとん、とした後、表情を和らげた。
「気を遣ってくれてありがとう」
「あはは。気に障らなければいいんですけど。僕、気の利かないやつって評判なので」
「この部屋には色が足りなかったんだ。身体を動かせない今、綺麗な色がどれだけ嬉しいか。本当に感謝するよ……見舞いに来る人もほとんどいないから」
哀しそうに目を伏せる。皆、野烏くんの逆鱗に触れたくないんだろう。先輩を見舞うことが逆鱗かわからないけど、圧倒的な力を見せつけられたら膾をふうふうするように行動するのは決しておかしな心理じゃない。
「蒲池さんは、来なかったんですか?」
「え……」
江藤先輩が信じられないという顔つきになる。その次に、何となく得心したような顔になって、聞いた。
「彼女が今どうしてるか、知らないのか」
「はい。最近不登校で、様子は気になってたんです。僕は彼女の家を知らないので、それを聞くのも今日来た理由なんです」
「そうか……知らない、のか」
その時の先輩は、唇を噛みながら、泣いているように見えた。
「蒲池は……死んだ」
「え」
思わず間抜けな声が出てしまった。
気がせいて、不躾に、矢継ぎ早に質問してしまう。
「死んだ?自死ですか?それとも他殺ですか?それって、野烏くん…のせいですか?それとも、神宮寺……」
「待ってくれ!」
「あ、ごめんなさい……」
怒鳴り声に、我に返る。今のは流石にやり過ぎた。叫んだせいで肩に響いたのか、顔を盛大に顰めて、江藤先輩が語った。
「それにしても、どうして神宮寺関係だって知ってるんだ?……あぁ、女関係では有名なんだったか」
「はい……野烏くんとか神宮寺くんとか、立て続けに男に怖い目に遭わされて、家に籠ったんじゃないかと思ってたんですけど」
「それは間違いじゃない。……なぁ、一つ頼まれてくれないか?」
先輩は縋るように僕を見た。
先輩の肩の治療はまだまだ時間がかかる。このままじゃ、蒲池さんの焼香にも行けない。四十九日にも行けない。
「蒲池は、お世辞にも強いとは言えない野球部の為に尽くしてくれた。実はな、サッカーの方から引き抜きがあったんだ。あっちは全国で覇を争うくらいの強豪だ。あいつ、それを袖にしたんだぜ」
それは断られたサッカー部の人も壮快になるような、清々しさだったらしい。
蒲池さんと、面識もないけど、生きていたら本当に友達になってみたいな、と思った。
「頼む。多分、蒲池の焼香にも野烏を恐れて、誰も行ってないだろう。俺は入院中の身で安全だし、お前は何の関係も無い、ただの友人だ。頼む、この通りだ……ウウッ」
痛む肩を強引に曲げて、年下の僕に頭を下げようとする。僕は、とてもじゃないけどその姿を「痛々しい」と表現することができなかった。
「わかりました。蒲池さんの家を教えてください」
「ああ……」
言われた住所をメモする。後からスマホで検索しよう。あんまり気にしない人も多いけど、病院内でスマホを使うのはよろしくないから。
「頼んだ。……彼女の父親も落胆してるだろうから、励ましてやってくれ……俺が頼むことじゃないか」
僕は頷いた。けど、うまくできる自信がない。
落胆している人を励ますことほど、僕にとって難題はないんだ。
病室を去る時、最後に振り向いて、先輩に挨拶をする。その時の先輩の表情は、まだ何かを言い足りないような、もどかしく悔しそうなものだった。
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