第8話 二人の友人
昼休み。購買を目指す人の波に逆らうように進む。生徒数も広さも馬鹿にならないこの学校では購買も三か所に分けられている。
一つは一般教室が集う、今いる中央棟の一階にあるもの。手近で、すぐにも食料にありつきたい人でごったがえす。当然かなり混む。
一つは中央棟から出て物理化学実験棟に向かう途中にコンビニのような建物がある。中には結構珍しい惣菜や菓子が売られていて、その日その日でラインナップがかなり変わるからやっぱり人気で、健脚自慢の運動部が一番槍を狙う武者のごとく走っている光景が見られる。当然かなり混む。
最後が敷地の東へ、寮棟が集まる方へ向かうと見える平屋の建物、その中にある購買だ。セレブ御用達で、四桁以下のものは殆ど売っていない恐ろしい場所だ。と言っても、そこは由緒ある深舎のこと、金持ちは腐るほどいる。金持ちの中で、毎日弁当を作ってくれる専属料理人がいない程度の金持ちが利用する。当然かなり混む。
僕はもうすこし時間をおいて外に出ればよかったと後悔しながら流れに抗い続けた。
どうにかたどり着いた部屋を、ノックもせずに開く。
「
「んぁ?」
「………いる」
お目当ての二人が雑多な室内で思い思いに過ごしていた。
この、教室の三分の一くらいの面積しかない狭い部屋は【AK部】の部室だ。ソビエト発の自動小銃ではなくて、アトリエかぐやの略。部員は二人しかいなくて、その二人はゆるりと適当に時間を潰している。どうしてアトリエかぐやにしたのかわからないけど、要はエロゲをしたり語り合ったり、なぜかマリオカートをやったりする部活だ。部員じゃないけど時々お邪魔する。
「どした?レコか?」
開口一番小指を立ててにやにやしてくる茶髪イヤリングの男子。
ただ、配慮は欠けても女性を観察して知ろうとする気概は高くて、三千人近い生徒数を誇る深舎高校の女子生徒の情報をびっくりするほど正確に素早く仕入れている。神集くんのほうが探索には向いているんじゃないかと思うんだけどなあ。今度風間さんに紹介してみようかな。………だめだ、セクハラからの獄門が目に浮かぶようだ。
「うん。れこだね」
「まじか!最近誰も相手にしてくれなくて寂しかったんだよ。あ~あ、嫌われ男も殴られてるうちは花なのかもなぁ。てへっ」
「きっとその内いいめぐりあわせもあるよ。たぶん」
「だといいけどな~。あぁ授乳手コキされたい」
「ちょっと同年代に求めるには厳しいんじゃないかな」
「………なぜそれでモテると思う。逆に問う」
のろのろした低い声が聞こえる。炬燵のような低い机に突っ伏すようにしてノートパソコンをいじっている眼鏡の男子。もう一人の部員、
「うぅぅ~ぁぁ。すまん。つい聞いたが答えは求めてない。何も言うな」
そう言ってヘッドフォンを装備した。画面には王冠を被った少年がスラム街の少女数名に襲われて裸に剥かれている画像が映っている。
「新作の体験版なんだと。くぅ~俺もあんなふうになりたいもんだぜ」
「僕はもう少し衛生的な性行為がしたいかな。スラム街の真ん中はさすがにちょっと」
「お前はそうだろーよ。俺は場所に文句付けてられる身分じゃないからな。そういえば、なんか用があったんじゃないのか」
そうだった。昼休みは限られている。僕は用件を切り出した。
「神宮寺限徒くんって知ってる?」
「神宮寺だと!あれか?J組の体内の七十パーセントが精液でできてるってあのクソバスタード神宮寺か?」
「彼の体内成分割合は知らないけど、J組らしいね。多分それだよ」
「くそっ。考えるだけでも十二指腸が弾けそうだ。ああ、むかつく。なんであれがモテて俺がこれなんだ。金か?金なのか?そうか金だまちがいない」
一旦激高して、自己解決していく神集くん。金にあかせて喰らい捨てるやり方は、僕にしても不愉快だ。
「その話なんだけどさ。神宮寺くんに泣かされた女の子ってわかったりする?」
「わかるどころじゃない。俺が知ってるだけでも両手両足の指に余るぜ。言おうか?」
「うわぁ。とりあえず名前だけお願いするよ」
中には僕が知っている人がいるかもしれない。いたらいたで嫌だけど。
神集くんは指折りしながら列挙した。
「岡山琴子、田島初菜、春永楓、吉角達子、蒲池乞河、竹中エリカ、早沢……」
「待って待って!」
聞き捨てならない名前が聞こえた。神集くんが中途半端に指を折ったまま固まる。
「蒲池乞河って言った?」
「え、あ、言ったけど……C組の乞河ちゃんだよ。短めのポニテの子。野球部のマネージャーでもある」
「………」
間違いない。神宮寺くんの行動を調べていたら野烏くんが執着していた女の子に行き当たった。神宮寺くんを調べるうえでも野烏くんを調べるうえでも重要な人物なんだろう。
僕は校内女子のスペシャリストに彼女の情報を知る限り教えてもらった。
蒲池乞河。C組所属の野球部マネージャー。好きな食べ物とか普段付き合う友人とかも教えてもらったけど、あんまり関係なさそうだ。ただ田川さんの焼き鳥が好物なのは素晴らしい事だと思う。
マネージャーとしてはとても優秀。仕事ができるのはもちろん、男くさい運動部の清涼剤として部員たちから慕われていたらしい。恋愛面でドロドロすることも無く他の女子マネとも良好な関係性。
「つっても
「蟻さんはバットを振れないと思うけどね」
「そお?キリギリスがギター弾けるんだからアリが空き地で素振りしててもおかしくないんじゃね」
「怪奇現象だよ」
それが、ある日突然不登校になったという。神集くんは謎のネットワークによって、不登校の数日前に、神宮寺くんに引きずられるようにして北棟に歩いていたという目撃情報を得た。
「神宮寺の女癖は留まることを知らないぜ。テクノブレイクでくたばりゃいいんだ」
「神宮寺くんかあ。その神宮寺くんに変わった様子はない?」
「変わった?知っての通り俺は女の子の事しか知るつもりはないからなぁ。少なくとも女関係では変わらず糞野郎だな」
「一色さんに付きまとってることは知ってる?」
「ばっちし。荒砥さんの腰のものでばっさり斬っちゃってくれないかって期待してんだよな」
「そのうちそうなるんじゃないかな」
僕の心の中で神宮寺くんを心配する気持ちはなくなったけど、校内で流血沙汰は嫌だなあと思う。斬られて文句の言えない人みたいだけど……。
「それで、蒲池さんは不登校なんだ」
「そうなんだよな~言えばいくらでも慰めてあげるのに」
「どこに住んでるか知ってる?」
「それは知らねえよ。調べりゃわかるけどさ、そこまでしたらただの変態だろ」
「………お前が変態という概念を知っていたことに驚きを隠せない」
蘭翅くんがヘッドフォンを外して呆れている。パソコン画面はポーズになってる。さっきと同じ構成の絵がうっすらと透けて見える。王冠は地面に転がって、スラム街の少女たちにこってり絞られた王族?の少年が白目を剥いている。頬のこけた輪郭と対照的に、蘭翅くんの頬はつやつやしている。
「昼休みにエロゲやってる奴に言われたかねえよ」
「馬鹿言うな。俺だって昼飯くらい食うぞ」
「エロゲを飯扱いすんな!お前また親からの仕送り使いこんだだろ。まともな飯食わねえと死ぬぞマジで」
「大丈夫だ。食事シーンはこの後もあるはずだから」
「……悪い小野寺。明日にでもまた頼む」
両手をパチンと合わせて頭を下げてくる。
この二人は幼馴染だ。僕は知り合って一年程度だけど、二人は同じ病院で生まれた仲だって聞いた。ゲームのためにたびたび不健康な生活になる蘭翅くんを心配して、時々こうして僕に弁当を頼むんだ。
神集くんは確かにセクハラもするし軽めのノリだしデリカシーも無いけど、本気で他人の事を思いやることができる。だから、きっといつの日にか報われると思っている。
「いいよ。神集くんの分も作ってくるから」
「おマジか!よっしゃ」
「もう戻らなきゃ。今日はありがとね」
「うぃ。お前も大変だな。何の仕事してんのか知らねえけど頑張れや。……乞河ちゃんの住所、調べたほうがいいか?」
部屋を出ようとしたところで聞いてくる。首だけ振り向くと、蘭翅くんは法被を脱いでノートパソコンを畳んでいた。
神集くんの申し出はありがたいけど、ちゃんと決めてる一線を僕の都合で越えさせるのは辛い。
「いいよ。あてはあるんだ」
「……ならいいや。じゃあな」
僕はF組の教室へ戻りながら考えていた。今のはもしかしたら、空気を読んだ行動に入るんじゃないか、と。
「どうなんだろ」
こうやって熟考しなきゃいけない内はまだまだなんだろうな。
ともあれこの後の行動は決まった。
僕はスマホで「影武者クリニック」と検索をかける。出てきた地図を確認する。
「う~ん、人形町かぁ。近いっちゃ近いけど。明後日が土曜日だしそこで行こうかな」
もちろん江藤有一郎先輩のお見舞いに、だ。部活仲間なら蒲池さんのより詳しい情報も、家の場所も知っているかもしれない。
僕はスマホをポケットの中に仕舞って教室に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます