第7話 早朝の教室

人口密度の小さい朝の教室。溝呂木くんは部活もないのに登校するのが早い。僕は用事がなければ始業十分前くらいに教室に入るから、未だに溝呂木くんの登校中の姿を見たことがない。

神宮寺君の噂を聞くついでに彼より早く登校してみようといつもより四十分も早く家を出た。結果から言うと僕が教室に入ったとき溝呂木くんの席にはその持ち主がいた。でもこの価値のない試みは無意味じゃなかった。僕は電車通学なんだけど、線路で何かトラブルがあったみたいで駅が利用できなかった。駅の間の距離はそれほどの物じゃないから歩いて一つ向こうへ行ったけど、いつも通りのんびりしてたら少々走る羽目になったかもしれない。


心中で感謝しながら軽く挨拶をして溝呂木くんとだべり始めた。

僕と気安く話す溝呂木くんだけど、リア充非リア充の括りで言うと間違いなくリア充の枠内に収まる。現在彼女はいないみたいだけど交際歴はあって、友達も多い。僕も知り合いは多いけど友達となるとそうでもない。どこからどこまでが友達になるのかわからないけど、風間さんや一色さんは友達とは違う気がする。力の均衡が偏った契約関係?別に契約した覚えはないんだけどね。

魚住さんは友達に近いかな。時々刃物を向けてくるのがいただけないけど、屋敷の余った食材を分けてくれたり、数を間違えたお弁当をおすそ分けしてくれたこともある。使用人用の弁当は、頗る美味しかった。最高級の食材と世界レベルの料理人がタッグを組んだのだから当然だろう。

荒砥さんは……友達、なのかな?だといいけど。


とにかく、四十分も早く教室に来たわけだから時間はたっぷりある。他に人はほとんどいないから空気を乱して白眼視される心配もない。僕は雑談を交えつつ、神宮寺くんについての話を聞こうとした。


「昨日四人でボウリング行ったんだ。ピン十本跳ね飛ばすのは爽快だよな~」

「僕はボウリングやったことがないからわかんないんだよね」

「え、マジで?結構楽しいぜ。軽いボールもあるからその細腕でも十分いけるって。今度一緒に行くか?」

「なんかピンを飛ばす行為が車で人をはねるみたいで嫌いなんだ。昔交通事故を目撃したことがあって」

「ああ……そりゃきついかもな。嫌なこと思い出させちまったかな。わりい」

「悪くないよ。こっちこそまた空気読めなくてごめん」


ほんと、こういうところなんだ。会話を繋いでいかなきゃいけないのに、早速気が滅入ってきた。自身のKYさが結構好きなんだけど、こういう顔をされると嫌になる。

嫌になっても仕方ないから、無理くり会話を継ぎ足した。


「知ってた?ボウリングのピンはもともと九本だったんだって」

「そうなのか」

「アメリカで禁酒法時代に、酒を賭けた勝負が行われたせいでボウリング自体が違法になって、九本ボウリングがダメなら十本ならいいだろとルール改正したらしい」

「へ~。流石アメリカンだな」

「そもそも元々ボウリングは宗教行事だったんだ。古代エジプトが発祥で、マルティン・ルターがルールを統一したんだ」

「いろいろ知ってんだな。本当はやりたいんじゃないのか?」

「興味がないわけじゃないんだ。気が向いたらふらっと寄ってみるのもいいかもね」

「その時は誘えよな」


良かった、笑ってる。今回は間違わなかったみたいだ。もう少し心地いい雰囲気を楽しみたいけど、そろそろ他の生徒が登校してきた。ここらで神宮寺くんの話を聞いておかないと。


「溝呂木くん。神宮寺限徒くんって知ってる?」

「じんぐうじ?ああ、J組の」

「知ってるの?」

「知ってる……まぁ、噂でだけどな」

「どんな噂?」

「……お前も意外とそういう話興味があるのな」


意外という顔で見てくる。確かに、昨日は野烏くん今日は神宮寺くん、連日で他人の噂を聞き出そうとしたらそう思われるかもしれない。

やれやれ、という感じで話してくれた内容は、昨日荒砥さんが渋面で語った内容とほとんど同じだった。


「女泣かせじゃ校内のボンボンの中でも五本の指に入るだろうぜ。まぁ噂の真相なんてわかんないけどさ」

「真相がわかんないから噂なんだよね」


違いない、と言って笑う。

とりあえず神宮寺くんのひととなりは荒砥さんが話した通りらしい。少なくとも、一般生徒にはそう認識されている。じゃあ次は、泣かされたっていう女性を探して話を聞くのが早いだろう。

そう考えていると、急に周囲ががやがや騒がしくなった。朝練が終わったバスケ部員が教室に入ってきた。


「よっ溝呂木。……小野寺もいたのか」


明るく片手上げた後、いかにも嫌そうに僕を見た。諸岡くんが、こんな早くに登校して何の用だと訝し気に見てくる。居心地が悪いので、さささっと自分の席へ戻った。


「小野寺」

「ありがとね」

「…………」

「なぁなぁ聞いてくれよ。今日の第二体育館の照明がさ」


大きな声で話し出す陽気なバスケ部員たちの声をミュートして、後の予定を考えた。

考えると言っても、昼休みに知り合いを訪ねるってだけなんだけど。


知り合い、友達が少ない僕の人付き合いの中で、それらしい付き合いをしてる二人の男子の顔を思い浮かべた。

窓の外は曙が瑞々しい五月の青空に昇華している。

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