第3話 仕事の依頼
「調べてほしいのはこの男よ。B組の
「野烏くん?うわぁ、物凄く嫌な相手だぁ」
学校というのは人種のサラダボウルならぬ個性のビオトープみたいなもので、いろんな人が集まる。その中にはお近づきになりたくな人間だって一定数いるけど、野烏はその中でもとりわけ嫌な部類だ。有名な不良生徒で、何人もの手下を抱えるグループのリーダーだ。
「平和を愛する僕としては関わりたくないんですけど」
「平和を愛する小野寺君なら、私の依頼を断ったりしないわよね」
「しませんよ」
風間さんに逆らうなんて、平和を棺桶に入れて海に流すような行為だ。
「野烏くんかあ。何をしたんだよ」
「今までに数回、野烏の下につく不良がお嬢様を襲撃しました」
「うわあ無謀」
「もちろん須らく排除いたしましたが」
「うーん予想通り」
にっこりとわらう魚住さん。挙措は丁寧で仕事ができるメイドさんだけど、身体能力も甚だ高い。風心流の小太刀の達人で、僕もさっき首筋に刃先を当てられた。危ないメイドさんなのだ。襲撃した不良生徒の体が不良にならないか心配だ。
「ではお願いね。もしもの時は野烏を始末してくれても構わないわよ」
「そうならないことを切に願うよ」
今まで数回風間さんや他のお嬢様の命令で動いたことがあるけど、乱闘に巻き込まれたり僕が襲撃されたり、嫌なことがいっぱいあった。
最後に風間さんが再度厳かに告げる。
「野烏候吉について、怪しい企てがないか調べ上げなさい。相談があれば魚住に。いいわね」
「はーい」
「まったく、気のない返事ね……」
「気が乗るような話が一つもありませんでしたから」
「そう……」
ややげっそりして嘆息すると風間さんが少しだけ弾んだ口調で何やら提案した。
「なら、一つだけ貴方の依頼を聞くわ。今までの報酬も兼ねて」
「お嬢様……」
「聞かれてもねえ」
美少女のこの言葉は堪えるけど、ちゃんと文意を読み取らないと痛い目に遭う。この場合”聞く”とは言っているけど”叶える”とは言ってない。もしかしたら、”聞いてもいいけど命はないものと思え”かもしれない。
凡人なりにそうやって気を付けて生きている僕。でも、風間さんに他意はないみたいだ
「私に叶えられない望みなんて無いわ。私が聞くと言えば、それは現実になる」
「さすが。じゃあ若狭湾の美味しい魚を送ってください」
「え?」
「あれ、無理でした?」
「ちょっと待ちなさい。小野寺君、貴方もう少しまともな願いはないの?世界の半分が欲しいとか、私と付き合いたいとか」
「言えばできるんですか?」
「お付き合いはまだ無理ね」
「世界の半分はできるんだ……」
出来るような気がしてしまうのが風間財閥の恐ろしいところだ。俗に「風間に畑違い無し」って言われるくらい色々な分野の事業に手を出して成功を収めている。食品、建築、製薬、IT、ファッション、宇宙開発、化粧品、ホビー、出版、銀行。どの分野にも、風間の二文字が入る企業が一つは存在する。そんな風間家の先祖は福岡藩の足軽だそうで、どことなく秀吉臭が漂う出世話が沢山語られている。世界の半分が風間でできていると言われると、そういうもんかと納得してしまえる恐ろしさ。そこの御令嬢が目の前にいるという恐ろしさ。早くおうちに帰りたい。
「世界の半分貰っても処分に困るから、若狭湾の寒ブリでも送ってください。野烏くんはよく調べてみます」
「そう。お願いね」
この部屋の時計は壊れているから、スマホで時間を調べなきゃいけない。見るとあと三分で授業が始まる。
「では教室に戻ります」
そう言って廊下に出る。
少し急ぎ足で、照り焼きにするか、味醂ベースで大根と煮るか考えながら階段を下りる。
背後から声がかかった。
「待って小野寺君」
「うん?」
魚住さんだ。三重の鍵を閉めてもう戻ってきたらしい。
教室前の廊下から見えない階段の踊り場の一隅で、魚住さんは僕に警告した。
「野烏には気を付けて。配下は大したことないけど、野烏本人は相当危険な男よ」
風間さんがいない場所では魚住さんもメイド口調を消して普通に話す。
魚住さんが何やら逡巡している。
廊下の方をちらっと気にして、いきなりメイド服の裾をたくし上げた。
「どした?痴女った?」
「冷静でいられるのも腹立たしいわね……そうじゃなくて、ここよ」
見ると膝小僧の上に打撲痕がある。何か飛来した硬いものに撫でられたような痕。
「野烏は印字打ちの遣い手よ」
「あの、今からでも辞退できない?」
「小野寺君が一番よくわかってるでしょ?それに、私もこんなあられもない姿を見られたんだから後に引かせないわよ」
「くそう冤罪だ。……まあやるだけやるけど」
なんだかんだ心配してくれたみたいだ。怪我をしない程度に頑張りますか。
最後に魚住さんは嫣然と笑って言った。
「小野寺君の腕なら野烏一匹どうとでもなるはずよ。油断しなければね」
「できれば油断してぼけっと生きていきたいな……ま、忠告ありがと」
僕たちはそれぞれ自分の教室に戻った。
どうにか授業開始のチャイムを自分の椅子で聞きながら、そういえば風間さんは授業に間に合ったかと考えた。階段を下りてくる様子がなかったけど、もしかしたら別の用事があるのかな。
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