第2話 渡り鳥
「小野寺。何か言うことはないの?」
「……お口に合いました?」
「……はぁ。美味しかったわよ。口の中がすごく油っこいけれど」
ああいったお食事はあまり出ないらしい。
ま、風間財閥総帥の末娘ともなれば、普段の食事に田川さんの焼き鳥は出されないのかもしれない。僕の個人的な考えでは、見栄に拘泥して田川さんの焼き鳥を味あわせないなんて児童虐待に当たる行為だ。だけど、個人の意見はあくまで個人の意見。コマーシャルの中で、白い壁と重なるように白いテロップで表示される、アレだ。つまり、目立たないし目立ってはいけない※個人の意見です
僕と風間さん、そして風間派のナンバー2である【従者】
「聞いてるの?」
「うん」
聞いてなかった。哀しい日本人の性で咄嗟に首肯してしまう。
「風間さんが好きなアイドルの話だっけ」
「埃粒ほどもそんな話はしてないわよ」
「僕は清水紘治が好きだな」
「アイドルじゃないですね。私は花村銀之丞が好みでございます」
「それは俳優ですらない。魚住さんって歌舞伎好きなんだっけ」
「親戚が花村座の脚本家ですので」
「ええ!」
「いい加減に話を聞きなさい!」
風間さんが怒った。一瞬にして校舎が東京から北極に転送される。今外を見れば白熊が見物できるかもしれない。仮にできなければ、南極に転送されたということだ。
「で、なんですか」
「……腹立たしいわ。私との会話にその勢いで臨むのは貴方だけよ。……それが有難いとも思うけど」
「なるほど。松永久秀がタイプですか」
「言ってない!しかもあの頃有数のイロモノじゃない」
「平蜘蛛になりたい、と」
「それは、私に爆発しろと言っているのかしら」
「え?いえ、単純に茶碗として口をつけられたいのかなと」
「どっちにしても嫌よ……私の話は」
「到着いたしました」
南京錠を外して鎖を解き、扉の鍵を開けて、扉を開けて、二つ目の鍵を開けて扉を開けて、入る。セキュリティ充実はいいけど、正直億劫だ。後ろで二人がごにょごにょ言い合っているので、先に入る。聞かれたくない内容は、僕も聞きたくない。
「時間が限られているから、単刀直入に言うわ。調べてほしいことがあるの」
そう言って、数枚の資料を渡される。
僕は埃でうっすら化粧した椅子に腰かけて、それを受け取った。風間さんはスカートが汚れることを気にして、魚住さんはメイドであるため座らない。僕だけ座っていることになるけど、気にしちゃいけない。きっとこういうところが空気を読まないっていうんだよな。
僕は、ちょっとしたきっかけでお嬢様と知り合いになって、こうして面倒ごとを依頼されるまでになり下がった。
あ、訂正。正確にはお嬢様”達”だ。僕は風間さんの他に、二人のお嬢様の依頼も受けさせられている。依頼とはつまり脅迫なんだけど、些細なことだ。
誰の派閥に属さない、って格好つけても、それは一匹狼でいるわけじゃなくて、三人の間でうろうろしているってことだ。事情を知る人間からつけられたあだ名が【渡り鳥】。狼から鳥になってしまった。別に、もともと狼なんて柄じゃないんだけど。
今回だって断れるわけがないし、もう断ろうという気も起きない。既に逃げられるような立場じゃないのは自覚している。
とりあえず、資料に目を落とした。どうか、そこまで面倒くさい依頼じゃありませんように。
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