氷焔華と渡り鳥
大魔王ダリア
第1話 既に亡き平穏
がさごそ、がさごそ。べりべり。
中に詰まった濃厚な液体を零さぬよう慎重に包装をあける。
皮をむけばもわっと強烈な匂いが教室に充満した。
クラスメイトが僕の事を、テロリストか何かのように見てくる。
「なあ
凶悪なその棒に喰らいつこうとしたところに、友人の
「どうかした?」
「どうもこうもあるか飯テロ。公安呼ぶぞ」
「友達を恐怖分子呼ばわりとは」
僕は棒の先端にぶちゅっと歯を立てた。分泌される液体は理不尽なまでに舌の上で暴れまわり、味蕾の神経から脳内までもを蹂躙する。
これが田川焼き鳥店のつくねハンバーグ串の力だ。口の中で旨みの爆弾が炸裂したようなこれは、確かにテロリズムを感じるかもしれない。
恨めしそうに見てくる溝呂木君。ほしいなら言えばいいのに。
「まだあるけど、いる?」
「うぐっ。いや、欲しいっちゃ欲しいんだけど」
「?」
「お前……まあ小野寺が空気を読まないのは今更か」
「何だよ食べたいんじゃないの」
「空気を読まずに人の顔色だけ読むお前は大概面倒だ」
そう言われて、周囲を見渡してみた。
皆様、親の仇を見るように睨んでくる。一瞬、実はこのつくねになった鶏はクラスメイトが合同で可愛がっていたのか……なんて馬鹿な発想が浮かんだ。
「ああ、そうか。ここで溝呂木君だけ食べると裏切り者扱いされるんだっけ」
「わかってんなら目の前で食べるなよ」
「ま、いいじゃん。白い視線より透明な肉汁だ。他人の視線気にしてちゃ人生茶色だよ」
「黒じゃなくてか?茶色の人生はなんか嫌だな」
「僕も嫌だ。だからこうして、ね。あむっ」
「くそ、俺にも一口寄越せ」
そう言って粗挽きが目立つ肉団子を一つ攫って行った。
なんだかんだで溝呂木君は優しい。僕が周囲から浮いていることは僕自身が一番よく知っている。
僕がクラスから爪弾きにされないのは、クラスでそれなりにいい立ち位置にいる溝呂木君がこうして面倒を見てくれるからだ。
さて、僕がどうしてこうも浮いた存在になっているのかというと、この学校を支配する奇妙な環境が原因だ。決して、飯テロを繰り返していたからではない。そもそも皆昼食時なんだから構わないだろうに。
東京都立
さて、そんな伝統ある高校は、長い歴史の中でも有数の動乱期を迎えている。
簡単に言うと、世界的に力を持つ一族に連なる令嬢が入学したのだ。
それも、同期で三人も。
そこから暫くは火山の火口で暮らすような息苦しい状態が続いた。三人はそれぞれ超弩級の美少女で、負けず劣らず美しい側近を侍らせている。これで、まず男子がそれぞれの派閥に分かれた。自身が支持する美少女を囃し、対立する派閥とは殴り合いに発展することも多かった。それどころか、刃傷沙汰すら珍しくなく、噂では死人も出たと聞いた。
そして女子もまた三人にそれぞれ集ってコロニーを築く。やはり他派閥同士で陰湿な嫌がらせなどが絶えない。
そんな中、僕は誰の派閥にも属さなかった。
それが正しかったのか正しくなかったのかで言えば、正しくなかったのだと思う。集団の空気に反逆したわけだし、いつの世だって謀反は極刑だ。
こうして二年に上がる頃には殺伐とした雰囲気も薄れてはいるけれど、それでも時折暴力や流血が見られる。
このクラスが比較的平和に見えるのは(つくねのせいで少し雰囲気が悪いけど)、三人が一人も属さないからだ。
三人が同じクラスに混ざれば、大戦争が勃発する。誇張ではなく人が死ぬ。学園側の配慮で、三人は別のクラスになった。
それならば、僕は平和に暮らしたい。
溝呂木君たちと平凡な日常を過ごしたい。もちろん血を見ずに。
でも、そんな願いももう届かない。
皆が大体食事を終えて、昼休み何しようと歓談し、腰を上げ始める。
突如教室の扉があいた。
玉響、空気が凍ったように引き締まる。
かつ、かつと硬い音がする。同じ上履きを履いているはずなのに。
清冽に揃った長い黒髪、酷薄なまでに美しく冷たい瞳。傍らにはなぜかメイド服の女性。
クラスメートは学園の王者の一人の登場に息を詰まらせ首を垂れる。
ことなどなく、みんなもう慣れっこという顔をしている。
彼女が……【氷の姫君】
「小野寺
有無を言う余裕なんて与えられない。残念なことに、
仕方ないので、仰せのままに近づく。まだつくね食べ終わってないんだけど。
「はぁ……」
幸せを逃がしつつ、ゆっくり風間さんに近づく。
「じゃあ来なさむぐっ!」
そして、肉汁溢れるつくね串を小さな口の中に押し込んだ。
「で、どこに行けばいいんです」
「むぎゅぎゅぎゅ」
口の端から濃厚な汁がこぼれている。
僕の首筋にもメイドさんが持つナイフの刃先が当てられている。
「お嬢様の御口を粘ついた肉の塊で穢した事、万死に値してございます」
「けほっ。か、
「う、嘘だろ小野寺……風間様に肉の棒突込みやがった」
「死になさい」
吹雪のような視線を投げつけて脅かす。口の端に肉汁つけたままではあまり怖くない。
平和に暮らしたいばかりに彼女たちを避けていたのに、僕はいつも動乱に巻き込まれる。
僕は風間さんにハンカチを差し出しながら、今回はどんな難題を持ち込まれるんだろうと悲観していた。
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