#24 「さよならは言わない」
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プロポーズを快諾されず意気消沈したエドは
エリザベスから驚きの言葉を聞かされる。
はたしてふたりには、どんな将来が待っているのか……?
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翌日の昼過ぎ、エドワードはメトロに乗ってリヨン駅をめざしていた。
きのうエリザベスをアンヌが待つ宿に送り届けてから、どうやってリッツに戻ったのかあまりよく覚えていない。それまでの浮かれた気分は、どこかに吹き飛んでしまっていた。
いきなり結婚を申し込んだことが、べスを驚かせてしまったのか……ひと晩寝たら、明るい声でオッケーと言ってくれそうな気もする……。
もんもんとしたまま朝を迎えたエドワードだったが、朝いちばんで彼女から電話がかかってきて、今日の午後、リヨン駅まで来られるかと訊かれた。行けると即座に返事をしたのだ。
だからいま彼は、リヨン駅のなかにある彼女が指定したカフェに急いでいた。
パリ市内には国鉄の駅が7つあり、リヨン駅はそのひとつ。その名のとおりフランスのリヨン方面や南仏などの地方へ、あるいはスイス、イタリア方面行きの国際列車が発着する。広大な駅のなかは大勢の乗降客や見送りのひとたちでいつも賑わっている。
カフェにいるエリザベスの姿はすぐにわかった。またあのカウボーイハットをかぶっていたからだ。
「ここよ!」彼女もエドワードに気づいて手を振っている。
気がせいて駆けつけたエドワードは開口一番、「返事はきまった?」と言った。
「せかさないで、さあ座って。これから大事な話をするから」
「わかった」
「あのね、あれからずっと考えたんだけど、やっぱり、まだ結婚を考えるのは早すぎると思ったの」
「そうか……やっぱりノーなんだね」しょげるエド。
「そうじゃないの、話は最後まで聞いて」べスがエドワードの腕にそっと触れた。
「わかった、聞くよ」
「わたしたち、もう少し時間をかけて自分の心の声を聞いたほうがいいと思う。わたしたちの恋は、パリという魔法にかけられたせいかもしれないじゃない?」
「そんな……」
「お互い、いまの旅にはそれぞれ目的があったはずよ。その目的をきちんと果たしてから、将来を考えたって遅くはないわ。わたしたちの人生、まだまだ先が長いんだもの」
「でも、大事なのは今、じゃないのかい?」
「もちろんそう。でもふたりとも、いずれはアメリカに戻るわよね? あなたは実家のホテルを手伝い、わたしは大学へ行く。正直言って、これまで結婚なんて考えたこともなかったわ」
「でもぼくと出あった、愛しあっているふたりなら一緒にいたい、だから結婚するのは自然じゃないのかい?」
「愛は時間をかけて育てるものだとわたしは思うの。時間がたってもお互いの気持ちが変わらないならそれは本物の愛だと思う。そう思えたら、あらためてプロポーズして。そのときこそ、はっきり返事をするから」
「いったい、どれくらい待てばいいんだい?」
「たとえば1年後とか……」
「ええ! 1年も?」
「1年なんてすぐよ」
「ぼくには一生のような気がするよ……」
「大げさね。あなたはホテル経営の修行で日々追われるはずよ。わたしにだってまだ見ていない世界がたくさん待っているし、旅を終えたら猛烈に勉強しなくちゃならないわ」
「なかなか受け入れがたい時間だな……」
「そんなこと言わないで……ああ、そろそろ行かないと……わたし、次の行き先を決めたの。もうすぐ列車が出るのよ」
「ええ! 今からどこへ行くんだい?」
「南フランスを経由してバルセロナまで。切符もさっき買えたところなの」
「バルセロナ? スペインの?」
「フランスのお隣りよ。乗っているうちについちゃうわ」
「昨日までそんなこと、ひとことも言ってなかったじゃないか」
「ゆうべ決めたのよ。バルセロナではピカソやミロを見るわ。それにガウディの建築もね。そのあとはマドリードかな、プラド美術館も待っているし。その先は……そのときに決める!」
「そんな、ひとりで勝手に……」
「大丈夫よ。わたしたちが運命の糸で結ばれているのなら、きっとまた会える。そのときはあなたがプレゼントしてくれたあの青いドレスを着て会いに行くわ。それに旅先から手紙を書くから」
「どこに出すつもりだい?」
「あら、あなたのご実家は〈ザ・ハート〉というホテルでしょ? そこへ送れば、必ずあなたの手にわたるじゃないの!」
「でも、きみにはどこへ出せば……?」
「ああ、それはアンヌにきいてね。これから行く先々で連絡すると約束したのよ。だって、わたしの第二のお母さんなんだもの。急に出発するっていったら、そのことだけは約束してって言われてしまったの」
「当たり前だよ。ぼくだって心配だよ」
「ありがとう。もう向こう見ずなことはしないって約束するわ。じゃあ……」
ふたりは同時に立ちあがった。
彼女はエドワードの正面に立ち、おもむろに彼のことをぎゅっと抱きしめた。
「さよならは言わないわ。だって、また会えるはずだもの……」
そう言うと、彼にキスをした。
お互いしばらく抱きあったままでいた。
エドワードは彼女の唇の感触を味わい、腕のなかにいる彼女の体をいつまでも放したくなかった。
でも、彼女はエドワードから離れ、かたわらに置いていたバックパックを背負った。
「ボン・ヴォヤージュ、エドワード!」
そしてきっぱりと背中を向けると、列車が待つホームへ急ぎ足で向かった。
ごねんね、エド……わたしのわがままを許して!
カウボーイハットが揺れている。
なにが‘ボン・ヴォヤージュ’だよ……。
「必ず、待っているから、絶対に。そのときは間違いなく、イエスと言ってくれ!」
エドワードの目が涙でぼやけているせいか、小さくなっていく彼女の後ろ姿もにじんでしまい、ついには見えなくなった。
― パリ編 完 ―
名画のようにパリで恋して ― Fall in Love in Paris ― スイートミモザブックス @Sweetmimosabooks_1
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