#23 思いがけないプロポーズ

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ついに結ばれたふたり。

エドはある決意を胸にする。

かたやベスの気持ちは……?


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 ふたりは一度愛しあっただけで、すぐに眠りに落ちてしまった。

 でも朝がた、互いの寝返りでほぼ同時に目を覚ますと、じっと見つめあい、無言のまま再び愛しあった。前夜の狂おしく焦ったような愛し方とはちがって、今度はお互いの悦びを確かめあうようにじっくり愛しあったのだ。

 そしてふたたび、ふたりはまどろんでしまった。

 次に目を覚ましたのは、エドワードのほうが先だった。隣りで静かな寝息をたてているべスを見て、これまでのことは夢じゃないと実感し、静かな喜びにひとり震えた。

 彼女の額にそっとキスをすると、ベッドを出てシャワーをあびにいった。


 シャワーから出たエドワードはあることを決意していた。

 ベッドルームに戻ると、シーツにくるまったベスと目が合った。

「おはよう、起こしてしまったかい?」

「おはよう。自然に目が覚めたの。でも、なんだか夢を見ているみたい」べスはまだ夢見心地なのか、なにか考え込んでいるようにも見えた。

「夢じゃないよ、いま、ふたりでここにいる、これが現実だよ」

「そうなのね……わたしも、シャワーをあびてくるわ」


 それからエドはリッツに泊まって以来、初めてルームサービスを頼み、エリザベスとゆっくり朝食をとった。一度、宿に戻って着替えたいという彼女に、だったら下のアーケードで新しい服を買えばいいと言った。

「こんな高級ブランドの服なんて、わたしには不相応よ!」と試着してもなお抵抗する彼女に、「ぼくの気持ちだ、今回だけは受け取って」と熱心に頼んで、着てもらった。

 それはいかにも高級ブランドという服ではなく、シンプルだが目の覚めるようなブルーのワンピースだった。生地や縫製の質のよさがうみだすシルエットが、エリザベスをひときわ美しく見せていた。

「こんなに着心地のいい服は初めてよ」エリザベスがほほえむのを見て、エドワードも目を細めた。

 そのあとは彼の案内で、昨夜はゆっくり見られなかったリッツの内部、豪華絢爛で有名な回廊やラウンジスペース、噴水のある中庭ガーデン、さらには地下に(1988年に)新設されたばかりの古代ローマ風呂をイメージしたスイミングプールなどを見てまわった。

「どこを見ても圧倒されてしまうわ」とエリザベスはため息をついてばかりだ。「もう、ごちそうさまっていう感じね……なんだかアンヌの宿に戻りたくなっちゃうわ。ほんとに、そろそろ帰らないと」

 午前のうちにアンヌに電話はしておいた。エドワードと一緒だと話すと、「心配していないよ、楽しんで!」と言ってはくれていたけれど……。


 午後遅く、送るよというエドワードとエリザベスは手をつないで、また昨日のように歩き出した。昨日と違って空は曇っていたが、ふたりはセーヌ右岸を上流に向かって進み、シテ島にかかるポン・ヌフ橋まできた。「ポン・ヌフ=新しい橋」といっても、現存するパリ最古の橋だ。橋を渡る前にエリザベスが言った。

「あのルノワールが『ポン・ヌフ、パリ』を描いたのは100年余り前のことよ。橋を行き交うひとや、たもとでくつろぐ人々、この橋の息づかいみたいなものが存分に伝わってくるの。橋の上に広がるパリの空は、きょうと違ってまぶしいくらい青いのよ。わたし、この橋を初めて渡ったときにはとても感動したわ」

「ぼくはその絵を知らないや。ルノワールと聞いてぱっと浮かぶのは、イレーヌという少女の肖像画だね。きみみたいにきれいな髪の女の子がモデルの……」

「『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢』だったと思う。あの絵のモデルは裕福なユダヤ人資産家の令嬢で当時8歳。でも依頼した両親は絵の出来に不満だったそうよ。やがてその絵もナチスに略奪されてしまい、めぐりめぐって第二次世界大戦終了後に彼女自身に返された。でも数年後にスイスのコレクターが買い取ったの。だからいまあの少女は、スイスにいるというわけ」

「そうなのか。さすがきみは、名画のことにくわしいね」

「まだまだよ。これから勉強することがたくさんあるわ……」


 ふたりは橋の中央でしばしたたずんだ。セーヌの川面に吹く風はすっかり秋の気配だ。橋をはさんでセーヌの上流側には荘厳なノートルダム大聖堂がそびえたち、下流側にはエッフェル塔が美しいシルエットをみせている。

 まもなく日が暮れようとしていた。

「この景色、ずっと見ていたいわね」秋風に髪をなびかせてエリザベスが言った。

「いつまでも、ずっと、きみと一緒に見ていたいよ」

「でも、旅は同じところにとどまっていてはできないわ」

「その旅のことなんだけど、きみはこのあとどこへ行くか決めている?」

「そうねえ……そろそろパリを離れてみる頃かもしれないと思い始めている。でも、まだはっきりとは決めてないわ」

「だったら、ぼくとアルザス地方まで行かないか? 有名なオーベルジュがあるんだよ。ぜひ、一緒に来てほしいんだ」

「すてきなところでしょうね……でも、やめておくわ」

「え、どうして?」

「誤解しないでね……わたしたち少し距離を置いたほうがいいと思うの」

「ええ! どうして?」

「どうしてって……わたしたち、旅の目的はそれぞれ違うでしょ? そしてまだお互い、旅の途中よ。そんなふたりがパリで出あって恋をした。それはそれでロマンチックなことだけど……だけどそれが本当の恋かどうか、少し時間をかけて考えたほうがいいような気がしてきたの」

「なぜだい? ぼくは、ぼくはきみと人生をともにしたいと決めたんだよ!」

「どういうこと?」

「つまり、ぼくと、結婚してほしいということだよ」

「ちょっと待って、プロポーズしているの? いまここで?」

「そうだよ、ああ、ごめん!」そう言うと、エドワードがいきなり、行きかう人々のことも気にせずに彼女の前でひざまずいた。

「エリザベス、べス、ぼくと結婚してください!」

 周りのひとたちが、気配を察知して取り巻きはじめている。

「ちょっと、やめてよ、エド! みんなが見ているじゃないの!」

「そんなこと関係ない。ぼくは今朝、決めたんだよ。きみと結婚できなければ、ぼくの人生は終わったも同じなんだ」エドは必死だった。

「わかった、わかったから、もう立ってちょうだい!」

「わかったって、返事はイエスなんだね?」

「そうじゃないわ」

「じゃあ、ノーなのかい?」

「そういうことじゃないの。いま、ここで返事をするのは無理だってこと」

「そんな……」力が抜けたようなエドだったが、べスに手をとってもらいなんとか立ち上がった。

 周りのひとたちは、見ないふりをして通り過ぎて行ってくれた。

「じゃあ、いつだったら返事をしてくれるんだい?」

「ひと晩考えさせて……あした、また会える? あなたの予定が大丈夫なら」

「大丈夫だよ、もちろん」

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