#20 恋人たちのパリ
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元気になったベスとパリの街を散策するエド。
カフェで語りあうふたりの姿は、
パリの景色にすっかり溶け込んで……
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エリザベスの体調に問題がないとわかると、すぐに退院の許可がおりた。エドがつきそってアンヌ一家が待つ宿まで送ると、出迎えたアンヌがべスの姿を見るなり大粒の涙を流して、ぎゅっと抱きしめた。
「無事でよかった! いま温かいココアをつくるからね。それを飲んだら、ゆっくりお休み。そうそう、きょうからはゲスト用の部屋じゃなくて、わが家の客間で休むんだよ。もうべスは、うちの二番目の娘も同然なんだから」
「ありがとう……」アンヌの気遣いに、べスは涙をこぼした。よほどのことでは泣かないべスだが、体はもとより心も少し疲れているのかもしれない。
そんな様子を見ていたエドが、アンヌに言った。
「このあと警察が話を聞きたいといって連絡してくるかもしれません。でもべスの体調が万全になるまでは断っておいてくださいね。ぼくはこれから事情聴取のために警察へ行くので、彼女のことはくれぐれもよろしくお願いします」
「もちろんだよ、べスの面倒は任せとき! まあ、あなたも大変だったね。こんな心強い彼氏ができたんなら、べスもパリに来たかいがあったってもんだ」
泣き笑いしたままのアンヌが、エドワードの背中をぽんとたたいて送り出した。
数日後、すっかり快復したべスは、警察の事情聴取も無事に終えて、事件への関与の疑いも完全に晴れた。
やはりというか、ハロルドたちの一味は、以前から警察が目をつけていたように、盗難された絵画や贋作を売りさばくことに手を染めていた。何度か逮捕されかかっていたが、悪運強く証拠不十分でまぬがれてきた。だがそれだけに警察のブラックリストでは常連で、自ら絵を抱えて安易に国境を越えるわけにいかなかったのだ。
そしてこの日、エドとべスは手をつないで、パリの街を歩き回っていた。
カルチェ・ラタンを散策し、シテ島にあるノートルダム大聖堂で厳粛な気分にひたり、セーヌ河岸でとりとめないおしゃべりに興じ、季節先取りの焼き栗をほおばりながらチュイルリー公園を抜けて、シャンゼリゼ大通りをひやかし、凱旋門にあがって放射線状に何本も伸びる道路を見下ろしながらパリの都市計画について好き勝手な意見をたたかわせる……。
歩きつかれたふたりは、カフェの外にあるテラス席で、初秋のパリが織りなす景色を楽しんでいる。テーブルにはべスのマンタロー(ミント水)とエドのレモネードが仲良く並んでいる。エドはあれ以来、なんだかコーラを飲む気がしなかった。
「あの男も、せっかくの絵の才能をまともな道で生かせばよかったんだ。なにもこんなすてきな街に来てまで、悪事をはたらくこともなかっただろうに」エドがぼそっと言った。
「パリに来たときは夢と希望に満ちていたはずよ。いつかは画家として大成しようと思って……でも、必ずしもみんなが夢を実現できるわけじゃないもの」べスが遠くを見るような目をして答える。
「だからって道を踏み外していいわけがない。あの男は、ひとを騙して利益を得ようとした。とにかくサイテイな男だ! とりわけきみを傷つけようとしたんだから、厳しく罰せられてほしいよ!」
「ありがとう、そんなに熱くなってくれて」べスは微笑み、エドの腕に軽く触れた。
「言っただろう? ぼくはきみを愛しているんだよ!」
「うれしいわ」
ふたりは自然にキスを交わした。恋人たちのキスは、パリの街角に自然に溶け込んでいた。
「ねえ、ずっと聞きたかったんだけど、いいかしら」
「なんだい?」
「ハロルドの出したコーヒーに薬が入っているってどうしてわかったの?」
「ああ、あれか……多少なりともホテル業にかかわる者なら、飲みかけを残して席を外したら、その飲み物にはもう口をつけない、新たに注文しなおすね。まして、よく知らない相手が出した飲み物には、最初から決して口をつけない……悲しいかな、ホテルに出入りする者のなかに悪いやつがいないとは限らないからね。でもまさか、本当に薬を入れてくるとは思っていなかったけど……」
「なるほどね。さすが将来のホテル王は違うわね」
「やだなぁ、ちゃかさないでくれよ」
「ちゃかしてなんかいないわ。ホントに感心しているのよ」
「ありがとう。それより、どうしてきみはあのコーラを飲んだんだい? まさか、本当に喉が渇いていたわけじゃないよね?」
「うーん、なぜかしら……ふたりの間にただならぬ気配を感じ取ったからかな? あのままあなたに飲ませてはいけない気がして、とっさに飲んでしまったのね」
「毒でも入っていたら、取り返しがつかなかったかもしれないぞ」
「そうよね。もし毒殺されていたら、今頃あなたとこうすることもできなかった……」
そういって彼女はエドにキスをした。
「ほんとだよ。これからは気をつけるんだよ」
彼もキスのお返しをした。
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