#17 「ちょっとちょっと待って!」
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何も知らずに、ベスとエドの芝居に付きあわされるハロルド。
金のためとはいえ我慢も限界、画家はついに奥の手を使って……
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「こんにちは、エリザベスです。遅くなってごめんなさい」
「おお、待っていたよ。大丈夫、まだ時間は十分にあるから」
玄関をあけるなりハロルドが笑みを浮かべた。
そして、アムステルダムに届けてほしい絵を彼女の前に差し出した。額装された絵画はすでにしっかり梱包してあったので中身はわからないが、思ったより大きくないので、彼女がひとりで抱えていってもわけもないものだった。
「悪いね、たいした荷物でもないから、時間さえ許せばぼくが直接届けるところだが」
「大事なご友人のそばにいるべきですものね、それで、手術は予定どおりに?」
「え? ああ。今のところ予定どおりだと聞いている」ハロルドがちらっと腕時計に目をやった。「さてと、そろそろ出発してもらえるかい。列車の発車時刻までには十分余裕があるが、ここパリは何が起こるかわからないからね」
「ですよね……じゃあ、そろそろ……」エリザベスは少し落ち着きをなくしていた。
はやく来てくれないかしら……。じゃないと、もう追い出されちゃうわよ、わたし。
「ええっと、もう一度、お届けする方の人相を教えていただけます?」必死で時間を稼ごうとするエリザベス。
「大丈夫大丈夫。先方にはきみのカウボーイハットのことは伝えてあるから、向こうからきみを見つけてくれるよ。心配なしだ! じゃあそろそろ……」
「ボンジュール! また来ました!」脳天気な声が玄関で響いてきた。
ハロルドは内心ぎくりとした。
「やあ、きみは先ほどの……ええと、たしかお約束は3時過ぎだと……」
「そうなんだけどね、なんだかワクワクしちゃってさ。つい足が速くなっちゃったんだよ。おっと、先客がおいでだったんだ!」
エドはハロルドに気づかれぬよう、エリザベスに軽くウィンクした。
「いや、このひとはもう帰るところなんです」ハロルドはエリザベスに向き直って声をかけた。「じゃあ、よろしく頼むね……」
「え、ちょっとちょっと待って! きみはひょっとしてアメリカ人?」
「ええ、そうだけど」エリザベスもとぼけて応じた。
「わぉ! じゃあ、いまここにいるのは全員アメリカ人なんだね! こりゃいいや、せっかくの出会いだ、ちょっとみんなでおしゃべりしようよ。きみ、時間あるんだろ?」エドが彼女のことを引き止めようとする。
あわててハロルドが口をはさんだ。
「彼女、ちょっと先を急いでいまして。何しろこれからアムステルダムまで行くので……」
アムステルダムだって? いまから? 到着予定は何時? じゃあ、ぼくの専属運転手がリムジンで送り届けるか、なんならチャーター便を出したっていい。かんたん、かんたん……などあれこれ言って、エドワードは必死で彼女のひきとめにかかった。
「頼むよ、実はぼく少々ホームシックにかかっててね。リッツにひとりで泊まっているのも飽きちゃってねぇ……いくらお金が余っているからって、何でも金で解決するわけじゃないよね……それに、あそこは妙に気取った連中ばかりで疲れちゃうんだよ。ねえ、ほんの15分でいいんだ。ちょっとおしゃべりするだけだ、そしたらきみは出かけていいよ。ねえ、ハロルドさん、それくらいならいいだろう?」
「そうですねえ……」腕時計を見ながらハロルドがため息をつくように言った。「では、15分だけなら」といって、ふたりをテーブルに案内した。
そして内心の焦りを必死で隠しながら、ふたりが自己紹介しあうのを聞いていた。
「ぼくはエドワード・ハート、きみは?」「わたしはエリザベス・オコンネル、テキサスから来たの」「へえ、テキサスかい! ぼくは行ったことがないよ。ところでハロルドさんのご出身は?」などと、ハロルドにとってはどうでもいいやりとりがしばらく続いた。
15分経っても、エドワードはいっこうにおしゃべりをやめる気配がない。
ハロルドはじりじりしてきたが、それでも「言い値で切ってくれる小切手」のことが頭にちらついて、強く出られない。
とうとう、コーヒーをいれてこようと言って席を立った。
あのドラ息子野郎、いいかげん口を閉じさせてやるしかない……ハロルドは奥のキッチンで、コーヒーカップを2つ出すと、1つには睡眠薬いりのコーヒーをいれた。
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