#14 それって愛?
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熱いエドの手を振りきったものの、自分でも割りきれない思いが残るベス。
つい足が向かった先で見た子どもの絵に、なんだか答えがありそうで……
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「おや、べス、こんな時間にどうしたんだ?」
帰り道、メトロに乗り込んだエリザベスはホロ酔い気分もすっかり抜けてしまい、アンヌが待つ宿へまっすぐ帰る気がおこらなかった。
そして気がつけば、リタたちが暮らすエリアへ足が向かっていたのだ。
リタは、近所に住むロマの子どもたちの面倒をみていた。ヨーロッパ各地と同様にフランスでも、ロマのひとによくないイメージをもつひとは少なくない。
そうした偏見を少しでもなくしたい、それには子どもたちにちゃんと教育を受けさせることが大事だとリタは考えた。だから、近所に住むロマの子どもたちに自宅を開放し、勉強を見てあげたり、悩みごとの相談にのってあげたりしている。とにかく世話好きな女性なのだ。
パリへ向かっているとき、エリザベスはヴェネチアからの列車で、たまたまリタの息子レオンと乗りあわせた。レオンは音楽の才能が開花し、プロのギタリストとして少しずつ仕事が増えてきているところだと言っていた。彼はこう話してくれた。
「おふくろは面倒見がよすぎてね。おれはうまれたときから、よその子どもたちに囲まれていた。おふくろに言わせれば、どの子もみんなかわいいとさ。おれはそれがいやで、一時はグレかけた。いま思えば、おれもおふくろのハートのでっかさに救われたんだ」と、レオンは初対面のべスに、とうとうと母親自慢を続けたのだ。
そんなレオンのお母さんに会いたくなり、久々に実家に帰るという彼についていった。話にきいたとおり、リズの包容力ははんぱなかった。
「こんばんは、リズ、なんだか顔が見たくなったのよ」
「じゃあ、ここに座んな」リズが隣りの椅子をポンポンとたたいて示した。
「レオンは、また旅に出たのよね?」
「ああ、こんどは東欧のツアーに同行するらしい」
「ちょっとしか一緒に過ごせなかったわね」
「息子は好きなことを仕事にできている、幸せ者だよ」
「そうよね。リズがそうなるよう導いてあげたからよ」
「ちがうよ、どんな子でも自分が進むべき道はちゃんと見つけられるもんだ」
「そうだといいんだけれど……」
エリザベスは、自分が進むべき道というのが正直わからなかった。世界を見たくてアメリカを飛び出したけれど、外国へ行けば何か見つかるくらいの軽い気持ちで出てしまったんじゃないだろうか?
「そろそろ故郷が恋しくなったのかい?」リタが顔をのぞきこんでくる。
「ちがうわ……うーん、そうなのかな? ちょっとわからなくなってきた」
恋しいという言葉を聞いて、さっきエドワードに握られた手の感触がまだ残っていることにエリザベスは気づいた。あんなに熱いひとには、今まで出あったことがなかったかもしれない……。
リタのそばで夢中になってお絵かきをしている子がいた。遅くまで仕事に追われる親をもつ子どもたちがリタの家で遅くまで過ごしている。その子がべスに近寄り、描きあげたばかりの絵を見せてくれた。
「これ、リズとアタシだよ」と言って。
「わお、よーく見せて」とべスがその絵を手に取った。「とってもよく描けているわね」
「この子は絵を描くのが大好きで、気がつくとどこにでも落書きしちゃうんだよ」リタが笑って言った。
その子は、べスから絵を返してもらうと、にやっと笑ってまた別の絵を描きだした。
べスはなんだか心がふんわり、あたたかくなってきた。
子どもが描いた絵。上手か下手かは関係なく、心をあたたかくしてくれる。
それは描く本人が純粋というだけでなく、描く対象への気持ちがこもっているからじゃないかしら?
それって愛?
そうか、そういうことなのかもしれない……。
「ありがとう、リタ。ちょっと気分が楽になったわ。じゃあ、わたし帰るわね」
「気をつけてお帰り、またいつでもおいで」
「ええ、そうするわ! こんど来るときはスケッチブックとクレヨンを持って来るわね。おやすみリタ、おやすみみんな!」
同じ頃「カモの巣亭」では、女主人のジョゼがエドワードの質問にしばし頭をひねっていた。そして、ああ!と声をあげた。
「たまに来るお客さんで、あなたと同じアメリカ出身と言っていた画家がいたわ。ええっと、名前は……たしか、ハロルドとかなんとか……」
そう聞いたエドワードは、店内をぐるっとながめまわして言った。
「そのひと、きょうはいないみたいですよね……もしかして昨夜は来てましたか?」
「ちょっと待って……」と思い出そうとするジョゼ。「そうそう、昨夜は来ていたわ。たしか3人でね、でもどこに住んでいるかまでは知らないわ。次に来たら聞いておこうか?」
「いえ、いいんです。ちょっとだけ気になったので。ありがとうございます」
やっぱり、べスを騙そうとしているのは、あのアトリエにいる画家と同一人物に間違いない。
見てろよ、ハロルド!
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