#13 エド、またしても振られる……

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おいしい料理とワインでうちとけるふたり、

ところが画家からの頼まれごとをベスがつい口にしたものだから、

エドはいても立ってもいられなくなり……


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「もうおなかいっぱい。デザートまでいただいちゃったし……」エリザベスが満足そうな顔で言った。

「ぼくも、今日はあちこち動き回ったせいか、全部たいらげた。昨日はおなかがいっぱいになってしまってデザートは遠慮したんだよ」エドが笑って言う。

「二晩続けてこのお店に通うなんて、よっぽど気に入ってるのね、あなた」

「エドって呼んでくれたらうれしいけど……」

「じゃあ、そうする。で、この隠れ家みたいなお店はどうやって知ったの、エド?」

「父のむかしからの知りあいがパリに住んでいてね、そのひとに紹介してもらったんだ」

「そういえば、修行中の旅だって言ってたわよね。いま、どこに泊まっているの? わたしのことばかり尋ねるから、聞きそびれていたわ」

「えっと、その、リッツだよ」

「リッツって? あの最高級ホテルの? すごいじゃないの!」

「いや、種をあかせば、これも修行のひとつなんだ。一流のホテルサービスを体感してこいって父に送り出されたんだよ。自分の力で泊まれているわけじゃない、恥ずかしい話だから言えなかったんだ」

「なにを恥ずかしがるの? お父さんがそれだけあなたに期待をかけているってことでしょう? それをあなたは受け止めて、こうしてパリに来ているのよね。誰だって与えられた使命みたいなものはあるはずよ……わたしは……いまはまだ探している途中ってところね」


 ふたりは赤ワインを飲んでいる。ふだんあまりアルコールを飲まないエリザベスだったが、ジョゼのおすすめもあって赤ワインをちょっぴりいただいたのだ。

 料理とお酒のマッチングは、フランス料理なら大事な要素だ。

 おいしい料理とおいしいお酒、そしてもてなし上手なジョゼと、いつ来ても賑わう客たちの楽しげな雰囲気があいまって、エリザベスはほんのり酔っていた。

「楽しいわ。ひとり旅なんてぜんぜん平気だけど、やっぱり食事は誰かと一緒のほうがずっと楽しいものね。誘ってくれてありがとう。感謝しているわ」

「そう言ってもらえると、ぼくもとてもうれいしいよ、エリザべス」

「ねえ、わたしのことだってべスって呼んでよ」

「じゃあ、そうするよ、べス」

「これからもよろしくね、エド。でも、もうそろそろ帰らないと。明日ちょっと大変だから」

「大変って、明日もあのアトリエに行くのかい?」

「まあね。でも、明日はモデルはお休み。ちょっと遠出をすることになったのよ」

「遠出って、どこへ?」

 エドワードは嫌な予感がして、やんわり彼女に訊いてみた。

「えーと、ハロルドさんが明日どうしても届けなくてはいけない絵を私が代わりにアムステルダムまで届けに行くの。もちろん往復の列車代は出るのよ。簡単な仕事だわ」

「なんできみが、わざわざ?」

「あなたが心配するようなことじゃないのよ。ハロルドさんは親友の手術に付き添うために、明日はパリを離れられないの。アメリカ人同士だもの、困ったときは助けあわなくちゃね」酔ったせいか、ほんのり頬を染めたべスがいう。

「それ、本当の話かい?」

「どういうこと?」

「なんだか、都合のいい話だなと思ったのさ。だいたいきみが代理で行く必要がどこにある? 知りあったばかりの人間に頼む用件とは思えないな」

 だんだん問い詰める口調になってきたエドワードに、エリザベスの表情がこわばってきた。

「前にも言ったと思うけど、ひとからあれこれ指図されるような言われ方は嫌いなの。自分のことは自分で決めるわ。これまでだってずうっとそうしてきたんだから」

「これまではそれでよかったかもしれないけれど、ひとの意見を聞くというのも大事なことだと思うよ、べス」

「もちろん大事なことよ。でもそれを聞いたうえで、どうするか決めるのはわたし自身だわ」

 エドワードは黙り込んだ。このまま言いあいを続けていても、どんどん彼女を追い詰めるだけのような気もしてきた。

 黙っているエドワードに対し、エリザベスが急に立ち上がった。

「とにかく、今夜はごちそうさま……」

 さようならと続けようとした彼女の手をエドがぐっと引っぱった。力を入れたつもりはない、もういちど座って欲しかったのだ。

 初めて触れあったお互いの手と手、ふたりの体に熱い電気のようなものが走った。

 はっとして、思わず手を放したエド。

「ごめん。悪かった……でも、ぼくも出るよ。宿まで送るから」

「大丈夫よ、まだメトロで帰れる時間だわ。じゃあ、おやすみなさい!」

 ひとり席を立ってしまったエリザベス。エドワードに握られた手が火傷したように熱い……。


 またもや置いてけぼりを食らったエドワードのところへジョゼが近寄った。

「あら、送らなくていいの? まだ若い娘さんじゃないの!」

「彼女、ああ見えて、けっこう強いんです。それに、送ると言ったけどあっさり断られました」

「あらあら、ふられちゃったんだ。こんなにごちそうしたのにね」

「いえ、お料理はおいしかったと言ってました。今夜もごちそうさまでした」

「何があったかは知らないけど、仲直りするなら早いうちにね。男女の仲なんて、ほんのちょっとしたボタンの掛け違いを放置しただけで、一生後悔することになりかねないのよ」

 何やら意味ありげな言い方をジョゼにされて、エドワードの気持ちはさらにしょげた。

 そうだよな、なんとか彼女の誤解をとかなくては。このままじゃ、本当に一生後悔することになりかねないぞ!

「まあ、とにかく気を落ち着けて。コーヒーのお代わりはいかが?」

「そうですね、お願いします」

 コーヒーをつぎにきたジョゼに、ふとエドワードが尋ねてみた。

「旅の記念に肖像画を描いてほしいと言ったら、すぐに受けてくれそうな画家をご存知ないですか?」

 ひょっとしたらこの手があるかもしれないと、彼はあることを思いついたのだった。

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