#12 やっぱり、放っておけない!
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やっぱりベスのことが心配でたまらないエド、
じっと彼女の帰りを待ちつづけ、
ごちそうしようとビストロに誘ったものの……
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やっぱり放っておけないな……
エドは心の声に素直にしたがい、近くのカフェにずっと粘って、彼女がアトリエから出てくるところを待ち続けることにした。
まさか夜遅くまでアトリエにいるつもりじゃないよなぁ……
パリならカフェで長逗留する客など珍しくもないが、エドはもともと用もないのにカフェでのんびり過ごせる性分ではない。時間が過ぎるのがなんとも長く感じるのだ。
じりじりしながら待っていると、ついにこちらに向かって歩いてくるエリザベスの姿が目に飛び込んできた。
さっき会ったときよりも少し疲れて見えたが、彼女は相変わらず魅力的だ。
見とれてしまったエドは、自分が彼女を待っていた理由を一瞬忘れそうになった。
「やあ、さっきはどうも!」近づいてきたエリザベスに慌てて声をかけた。
「うわ! また、あなたなの! もうびっくりさせないでよ」
「ごめん、驚かすつもりじゃなかったんだ。どうにもさっきの言い方が一方的だったなと思って、それを詫びたくてね。もしかしたらまたきみに会えるかもしれないと、このへんを歩いていたところなんだよ」とエドは嘘をついた。まさかじっと待っていたなんて言ったらドン引きされるに違いない。
「もうそんなこと、全然気にしてないわ」
「でも、ぼくの気持ちがおさまらないんだ。お詫びの印と言ってはなんだけど、今夜ごちそうさせてくれないか?」
「え、これから?」
「うん。それとも何か予定でもあるのかい?」
「いいえ。こんやは帰りが何時になるかわからなかったから、宿の夕食も頼んでないの。何か買って帰ろうかなと思っていたところ」
「よかった、じゃあ、おすすめのビストロがあるから一緒に行こうよ!」
「じゃあ、お言葉に甘えるわ。実はおなかがぺこぺこなのよ」
「よし決まった!」
彼はあのビストロ「カモの巣亭」でごちそうしようと決めていたのだ。
さっきまでいたカフェで電話を使わせてもらい、きょう2名で予約できるかと訊くと、ジョゼが快く受け付けてくれた。
「ボンソワール、お待ちしてましたよ!」
エドが「カモの巣亭」の扉をあけると、ほがらかなジョゼの声が響いた。
「2日連続で来ていただけるなんてうれしいわ! 今夜はこちらの席へどうぞ」そう言って彼女が案内してくれたのは昨日とは違う窓際のテーブルだった。
「しかもきょうは、すてきなお友達がご一緒ね!」
「はじめまして、エリザベスです。べスと呼んでください」ベスがジョゼに挨拶した。
「わたしはジョゼよ、よろしくね、べス。ふたりはお似合いのカップルね」
「いえいえ、そんなんじゃないんです!」あわてて打ち消すエドの顔が真っ赤だ。
「あら、照れなくたっていいのよ。パリは女と男を素直にさせる街でもあるんだから。さてと、今日は何を召し上がる?」ジョゼがウィンクしながら問いかける。
「あの、2日続きますがカモのコンフィはありますか? 彼女にぜひごちそうしたくて」
「ええ、もちろんあるわよ!」
料理が来るのを待つあいだ、エドはすっかり緊張してしまった。
まるでパリジェンヌのように変身していたエリザベスと、あらためて向きあって座っていると、自分がひどく垢抜けない男に思えたのだ。
何を話せばいんだ……さっきの話を持ち出すのはやめといたほうがいいな。
「そういえば聞いていなかったけれど、きみはどこに宿をとっているの?」
「あら、話してなかったわね。カルチェ・ラタンの近くよ。家族だけで経営する小さなホテルがあるの。女主人のアンヌがとても気さくでね、何よりも食事がおいしいのよ。すっかり気に入って、ほかのところに移る気がしないわ」
エリザベスは店の様子をながめながら、はきはきと答えた。
「このお店も雰囲気がとてもいいわね。あのジョゼというひともステキだし」
「きみだってステキだよ!」
思わずエドは言ってしまった。言ったとたん、また顔が赤くなるのが自分でもわかった。
エリザベスはくすぐったいような、ちょっと落ち着かない気分になったが、エドワードに言われて悪い気はぜんぜんしないのだ。
「ありがとう。ステキだなんて、あまりひとから言われたことがないから戸惑うわ」
「え、そうなのかい? じゃあ、これまできみの身近にいた男たちの目は節穴だな……それとも、ステディな相手はいるのかい?」
「え、まさか! わたしまだ18歳だもの。そういうことはまだずっと先の話だわ」
「そうかい? 18でも結婚する女性はいるだろう?」
「まあね。高校卒業後にすぐ結婚した同級生もいたわね。でも、わたしはそんなの望んでないから」
「望んでないって……どういう人生を送りたいのか……」
と言いかけたところに、ジョゼが現われた。
「ヴォワラ! 当店自慢のカモのコンフィよ。きょうの付け合せは季節の野菜のグリルね」
「わあ、おいしそう!」
「‘そう’じゃなくて、本当においしいのよ! たっぷり召し上がってね」
「もう、おなかペコペコだわ。さあ、いただきましょう!」
エリザベスはこれ以上ない笑顔を浮かべて、カモのコンフィにナイフをいれた。
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