#06 誰に渡すプレゼントだい?

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思わぬ再会に喜ぶエドをベスは買い物につきあわせる。

男性への贈り物らしいと知って、

相手は誰かと気になりつつも訊けないエド……。


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 まちがいない、あのときの彼女だ!

 この前、憎たらしいと思って別れたのに、エリザベスの姿を見つけたとたん、エドワードの足取りが急に軽くなっていた。

 彼女はショーウィンドウを何やら熱心にのぞきこんでいるようだ。どうやらアンティークショップらしい。

 エドワードはさりげなく近寄り、彼女の隣りに立った。

 気配を感じたのか、エリザベスがふと顔をあげた。そして自分の隣りに映る、エドワードの笑顔に気づいた。

「わ、びっくりした!」

「やあ。偶然だね」

「黙って近寄るなんて。声くらいかけてよ!」

「あんまり熱心に見ているものだから、声をかけていいものか迷ったんだ」

「本当にびっくりしたわ」

「悪かった。そしてこの前のことも、だ。あとから考えると、ずいぶん失礼なことをしてしまったと反省していたところだったんだ」

「あら、それはそれは。でも、本当に失礼なふるまいだったわ」

「心からあやまるよ」

「その言葉は本心から?」

「もちろんだよ!」

「じゃあ、許してあげる。その代りにちょっとつきあってほしいことがあるのよ」

「なんだい、急に?」

「いいから、いいから、一緒に入って!」

 そういうとエリザベスはアンティークショップの扉をあけ、エドワードの背中を押して店に入っていくのだった。


 それから1時間余りあと。

 ふたりは近くのカフェで向かいあって座っている。

「悪かったわね、つきあわせちゃって。でもおかげで助かったわ」エリザベスがにっこり笑う。

「まったく。何を頼まれるのかと思った」そう言いながらもエドワードは、ああこの笑顔だと、にやけそうになるのを必死でこらえた。

 エリザベスは、買い物につきあわせたお礼にと、今度は自分から彼をカフェに誘ったのだ。エドワードは本当はコーラが飲みたかったが、彼女につきあいレモネードを注文してしまった。

 カフェのテーブルについてから、ふたりは初めて自己紹介をしあった。


「男性へのプレゼントって、いざ選ぶとなると案外難しくて。ちょっとしたお礼を伝えるつもりだったら何がいいかなって。だってほら、ヘンに誤解されるものは選びたくないでしょ」

「アンティークショップなんて、高価なものばかり置いているのかと思ってたけれど、なかには手ごろなものがあるんだね。それを知ってよかったよ」

「蚤の市で探せば、もっと掘り出し物が見つかるんでしょうけどね。たまたまウィンドウを見てたら目に飛び込んできちゃって……」

「それ、洒落たキャンドルスタンドだよね」とエドワードは彼女が買った小さな包みを指さした。‘それを誰に贈るんだ?’と訊きたいのをぐっとこらえて、彼は続けた。

「それに、きみは値切り交渉が上手だね。フランス語も上手だし」

「まあ、語学は好きだからずっと勉強していたし。あなた、フランス語は?」

「う~ん、得意とは言えないな。仕事上必要だと思って勉強はしているが」

「仕事って、貿易関係か何か?」

「まだ修行中の身だけど、親が小さなホテルを経営しているんだ。アメリカに戻ったらいよいよ手伝うことになるだろうね」

「まあ、すごいじゃないの。つまり、将来のホテル王ってところね」

「そんなの大げさだよ。父が西海岸で創業したんだ。まだまだ小さなホテルだけどね……そんなことより、きみは? たしかテキサスから来たんだよね。観光かい?」

「まあ、観光とまでは言いきれないわ。大学に入る前に世界をいろいろ見ておきたくて」

「なるほど、バックパッカーってやつだね」

「まあ、そう見られるほうが普通よね。わたし、大学では美術を学ぼうと思っているの」

「絵を描くのかい?」

「そうじゃなくて、美術史の研究よ。もちろん絵を見るのは大好き。だからパリで本物の名画がたくさん見られることにワクワクしているわ」


「そういえば、さっきから抱えているのも絵だよね。きみが描いたのかい?」

「ああ、これね。実はさっきモンマルトルで描いてもらったのよ」

「見せてもらってもいい?」

「ええ、どうぞ」

 エリザベスは、ハロルドが描いたスケッチをエドワードに見せた。

「これ、きみだよね?」とエドワードは言うと、またしばらくにらむように見ている。そして「うーん」とうなるような声をだした。

「なにかへん?」

「上手なひとが描いたんだろうね。たしかにきみだ。けど、なんかしっくりこないな」

「あなた、絵がわかるの?」

「いやいや、まったくの素人だよ」

「じゃあ。なにがしっくりこないのかしら?」

「うまく言えないけど、きみらしさが出てないというか……」

「ふん、初めて会ったひとに、わたしらしさがわかるのかしら?」

「初めてじゃないよ、2度目だ」

「ちゃんと話をしたのはきょうが初めてみたいなもんだわ」

「そう言われたらそうだけど……」

「じゃあさっさと返して。この絵はわたしのパリ旅行の大事な記念なんだから」

「わかったよ」そう言ってエドワードは彼女に絵を返した。

「とにかく、きょうはありがとう。あなたも、修行の身で大変でしょうから、せいぜい頑張って。じゃあね!」

 そういうとエリザベスはお金を置いて、スケッチと包みを抱えこむと、振り返ることなく立ち去った。

「なんだよ急に。何かまずいことでも言っちゃったのか?」

 こんどはエドワードのほうがあとに残されて茫然とするばかりだった。そして、気になっていたことが訊けずじまいだったことに気づいた。

 あのキャンドルスタンド、誰への贈り物なのかな……?

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