#03 きみ、絵のモデルをやらないか!

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旅の記念に絵を描いてもらおうとモンマルトルの丘に向かったベス。

そこで出会ったアメリカ人画家に絵のモデルを頼まれて……


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「で、きょうはどんなプランなんだい?」べスが朝食を平らげたのを見届けると、宿の女主人アンヌが尋ねてきた。

「モンマルトルの丘に行くつもりよ」

「おや、まだ行ってなかったのかい? パリ観光の定番じゃないか」

「そうなの。きのうワイングラスを無事に届けたでしょう? それでちょっと今お財布に余裕ができたの。せっかくだから旅の記念にモンマルトルで絵を描いてもらうのもいいかなと思って……」

 べスがパリに来た理由のひとつが、イタリアに滞在中にヴェネチアのガラス工芸作家から、パリに住む顧客から注文を受けた結婚30周年記念のペアのワイングラス(もちろんヴェネチアングラス)を届けることにあった。すると予想外に早く受け取れたことに感激した注文主が、見積もり額以上の報酬をくれたのだ。

「気前のいいお客さんでよかったじゃないか。でも、くれぐれもあそこでの画家選びには気をつけるんだよ。観光客とみるやふっかける連中も少なくないからね」

「そうよね、アンヌ。くれぐれも気をつけるわ!」


 モンマルトル地区。最寄駅でメトロを降り、19世紀の雰囲気を残すマルティル通りに立ち並ぶ店をひやかしながら坂道をのぼっていく。めざすは頂上にある、白いドームをもつサクレ・クール大聖堂や赤い風車が目印のムーラン・ルージュだ。

 モンマルトル地区といえば、若き日のピカソやモディリアーニ、ドラクロワ、そしてルノワールなどなど、名だたる画家や文人たちが暮らしていたことで有名だ。近くにはハイネやスタンダールなど文人たちが眠るモンマルトル墓地もある。

 アートが大好きなエリザベスだけに、街全体がかもしだす雰囲気を味わいながら、石畳の道を歩いていると、それだけでじゅうぶんに心が浮き立ってくる。大聖堂前のテラスからパリ市街をながめ、観光客相手の画家たちが集まるテルトル広場へ向かった。


「ねえ、そこのカウボーイハットのきみ!」

 英語が聞こえたので振り向くと、いかにも画家ふぜいの40代くらいの男性がべスに向かって手を振っている。

「きみ、アメリカ人だろ? すぐにわかったよ。よかったらきみを描かせてくれないか」と話しかけてきた男性は、シカゴ出身の画家でハロルドだと自己紹介してきた。

 エリザベスは同じ国出身であり、置いてある人物画も感じがよかったことから、彼に自分の絵を描いてもらうことにした。

 ハロルドは彼女を目の前に座らせると、コンテを手にとるや、彼女の横顔をスケッチしはじめる。手を動かす合間に、彼女が行き先を決めない自由気ままなひとり旅の途中だとききだすと、「そりゃ、すごいや。勇気があるねー」などとほめそやす。

 気分をよくさせておいて、画料をはずませようって気かな……などと思っていたが、出来上がった素描画を見せてもらうと、さすがプロだとその出来に喜んだ。

 ところがエリザベスが代金を払おうとすると、ハロルドはいらないという。

「ぼくのほうから声をかけたんだ。これは出会った記念に受け取ってくれ。その代りといってはなんだが、油絵で描かせてもらえないかい?」と言うのだ。

 突然の依頼に戸惑ったものの、ちゃんとモデル代を出してくれると言う。これもいい経験になるわね、そう思ったエリザベスは引き受けることにした。

「よかった。じゃあ、さっそく明後日からでどうだい?」そう言うなりハロルドは、アトリエの地図をすばやく描きはじめた。

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