#02 「ボンジュール、ベス!」
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腹を立てつつも、エドにお金を突き返せなかったエリザベス。
切りつめながらも楽しく旅を続けられているのは、
彼女を見守る頼もしい女性たちの存在があったから……。
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いくら同じアメリカ人だからといって、お礼の印に現金を渡すなんて。
ここが異国の地でなかったら、エリザベスはそんな扱いに憤然として、さっさと相手にその金を押し返していたところだ。
でも、現実の彼女は目下のところかなりの貧乏旅行中だった。
大学入学を決めてから、広い世界を見ておこうとバックパックを背負って世界をめぐる旅に出た。1年はかけるつもりでいる。資金はアルバイトで貯めたお金のみ。
べスことエリザベス・オコンネルが生まれたのは、テキサスの大牧場。祖父の代から続く大きな牧場で、何ひとつ不自由のない環境で育った彼女だが、決してちやほやされてきたわけではない。
オコンネル家は自主独立を尊重しながらも、生き物を扱う仕事柄か規律と協調を重んじてきた。子どもたちも善悪の区別をきちんとたたきこまれてきた。けれども、責任をもった行動がとれるなら、基本的には何をやろうが本人の意志に任されてもいた。
だからこそべスも、この旅は自分の力でやりとげようと決めていた。
どんなに旅費がピンチになっても両親に泣きつくまねはしたくない。資金がつきたときは、テキサスに帰るときなのだと思っている。
ところが幸いにというか、旅をするかたわらに「運び屋(クーリエ)」を引き受ける機会が与えられ、それによって得た報酬を貴重な旅費の足しにできていた。
そもそものきっかけは、アメリカを立つ前に、母の叔母、つまりエリザベスの大叔母にあたるイザベルから、「べスがイギリスに行くのなら、エセックスに住んでいるわたしの古くからの友人に渡してほしいものがあるの」と言われて、アンティークのかわいらしいオルゴールを預かったことに始まった。
「これはね、わたしと友人との大切な思い出の品なの。彼女に再び会いに行くにはわたしはちょっと歳をとり過ぎたわ。だからこれは、わたしの心だと思って大事に届けてほしいのよ。もちろん報酬は出すわ。その代り、確実に本人に手渡すこと。決して代理のひとに預けるなんてしないで、それだけは約束よ」
イザベルはそういうと、前金で謝礼を出してくれた(これはまあ、イザベル大叔母さんらしい餞別の意味もあったのだろう。ありがたく頂戴しておいた)。
最初は身内の頼みだと思って気軽に引き受けたけれど、いざエセックスでご本人にそのオルゴールを無事に届けると、彼女はたいへん感激してくれた。
それどころか、「もしイタリアへ旅するつもりなら、わたしも届けてほしいものがある」というひとを紹介してくれたのだ。だから、イギリスの次はイタリアへ行くことにした。必ず、というわけではないが、行く先々で新たな依頼があって……
思った以上にクーリエの仕事がつながった。
いつの時代にも「現地に行かなければ手に入らないもの」を欲しがる、お金の有り余ったひとがいる。元気なら直接買いに行くところだが何らかの事情で行けない、でも手に入れるためなら金は惜しまない……というひともけっこういるのだ。
もともとエリザベス自身が、旅のルートも大雑把にしか決めていないし、宿もその土地に到着してから探すつもりでいた。クーリエを引き受けたことで次の行先を決めるのもまた面白いと思ったのだ。もっとも、紹介者はお互いをよく知る同士であることを条件に引き受けてきたから、そこは安心していた。
そして、べスがひととの出会いを大切にしてきたこともあって、これまでのところ運よく、いいひとからいいひとへ、とつながってきた。
イザベル大叔母さんからは出発前にもうひとつ、大事なものを受け取っていた。それは、もしも何かあったときのためにと、大叔母さんが培ってきた世界中の友人たちのなかでも特に信頼できる友の連絡先とべスの推薦状というか紹介状だ。
「困ったときは、この方々を訪ねてこの手紙を見せるのよ、きっとあなたの力になってくれるから……」と言って。
もちろん本当に必要になるときまで使わないつもりだけれど、これはべスにとってのお守りのようなものだった。
「ボンジュール、べス! ずいぶん早起きさんだね」
ゲスト用のダイニングに入ってきたべスに、宿の女主人、アンヌが明るく声をかけた。
「ボンジュール、アンヌ! いいお天気ね」
「出かけるにはもってこいだよ。きょうはどこかにお出かけかい?」
焼きたてのクロワッサンとカフェ・オ・レを出しながらアンヌが尋ねる。
「う~ん、やっぱりこのクロワッサン、最高ね! つい食べ過ぎちゃう」
べスがパリにきて最初に驚いたのがパンのおいしさだった。パリっ子たちは毎朝、ブランジェリーへバゲットやクロワッサンを買いに行くと聞いていたが、この宿ではアンヌお手製のクロワッサンが食べ放題だ。そればかりか甘い味のパン・オ・ショコラやパン・オ・レザンもアンヌの手作りが出されるのだ。それも山盛りで!
ステーキの焼き方ならテキサスが一番だと信じるべスも、パンのおいしさではあっさりパリに負けたと思ってしまう。そしてたっぷりのカフェ・オ・レ。最初は取っ手のついていない大きな器から飲むことに戸惑ったけれど、これもすぐに慣れてしまった。
「こんなにおいしいクロワッサンが毎日食べられるんだったら、ずっとここに住みたいくらいよ!」
「たーんと召し上がれ! べスはもっと太ったっていいんだよ。もっとも、あたしみたいになる前にやめとかないとね……」アンヌが笑いながら自分のおなかを軽くたたいてみせる。
この宿のことは、ピサで知りあったイタリアの大学生から教わった。彼女がパリに行くときは必ず泊まる宿だという。宿賃のわりに出される食事が最高だと教えてくれた。
イタリア人の舌を納得させるなら間違いないはず、幸いにもべスがパリに到着した日、問い合わせたら、ひとりぶんの空きがあった。
予算を切り詰めるためには相部屋だ。同室のドイツ人女性は建築を学ぶ大学生で、長期滞在を決め込んでいるという。お互い、いい具合に干渉しあわず過ごせている。
おいしい食事とリーズナブルな宿賃、そして見るからに頼りがいがあって、旅人の気持ちをほぐしてくれるもてなしが信条のアンヌを目当てに、定宿にしている旅人が多いことにべスはあらためて納得していた。
そしてアンヌも、ひとり旅のエリザベスを何かと気にかけてくれるのだった。
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