#01 ベスとエドの出会い
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旅先のパリで偶然出会ったふたり。
窮地を救ってくれた礼をしようとするエドに、冷ややかな視線を向けるベス……。
ふたりの恋物語は最悪な第一印象から始まった!
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「おやおや、あのヒト、ちょっとアブないね。あのガキたちにからまれたら、ロクなことはないよ」
リタの言葉に、エリザベスが顔を上げた。
たしかに、通りの向こうでは、身なりのよい若者が子どもたちに取り巻かれている。それも、この界隈では札付きの、悪たれ小僧の集団に。
土地に不慣れな旅行者に目をつけるや、すれ違いざまに上着に汚れがついているよなどと騒ぎ出し、親切そうに‘幻の’汚れをとってあげている隙に貴重品を奪うというよくある手口だ。
今回カモにされているのは、ダークブロンドの髪をしていて、遠目ながらベスと同じアメリカ人に見えた。少し年上かしら。長身に、肩幅のある体格のいい青年だ。
チェックのブレザーにチノパン、足下はローファーという、アメリカのアイビーリーガーたちが好みそうな服装をしている。
アンバーの瞳を向けて、エリザベスは濃い栗色の髪をさっとかきあげると、いまやカモになりかかっている青年につかつかと歩み寄った。
ふんっ!
彼女は両足を踏ん張り、にわか仕込みのロマニ語で一喝すると、子どもたちはクモの子を散らすように方々へ逃げて行った。
「メルシー! 助かったよ、どうしたらいいかわからなくて」
「どういたしまして」
「正直なところ……ん?」
彼のフランス語に、返ってきたのはなんと英語だった。それもイギリス
「あなたのそのかっこう、どう見たって‘金持ちです’って言ってるわ。もう少し警戒したほうがいいわね。余計なお世話かもしれないけど」
「え、これが?」彼は自分の服装を見回してみた。「ぼくとしてはかなりカジュアルなんだけど」と返したエドワードのグリーンの瞳と、彼女のアンバーの瞳がしっかりからみあう。
「きみ、アメリカ人だよね?」問いかける彼の目の前に立つ彼女は、洗いざらした赤と黒のチェックのシャツに、インディゴブルーのジーンズと革のブーツ姿。手にしていたカウボーイハットをさっとかぶり直してから、彼女はきっぱり答えた。
「ええ、そうよ。そしてパリに来るアメリカ人がみんなリッチだと思われたら、わたしのほうが困るの」
「きみ、アメリカのどこから……ああ、その訛りとかっこうは……言わないで、あてるから! もしかしてオクラホマかな?」
「違う、テキサスよ!」
「まあ、大はずれでもない」
「ぜんぜん違うわよ。ヤンキーさん」むっとしたべスが返す。
「そうかな……まあ、いいや。とにかく助けてもらったお礼に、近くのカフェでお茶でもごちそうさせてくれよ」
その言葉を受けて、べスの視線が上から下へと、エドワードの全身に向けられる――その目が訴えているのは軽蔑か? エドはもぞっと身じろぎした。
「やめとく。あなたの仲間だって思われると、わたしもカモられかねないわ」
なんて女だ! エドの頭に血がのぼった。少しばかり美人だからって……いや、かなりの美人だからといって……。
目の前にいる琥珀色の瞳に濃い栗色の髪をした彼女は、会うタイミングさえ違ったなら‘超好みのタイプ’といってもいい。それなのに、こっちになんの興味もなさそうな態度がエドの癪にさわった。
「じゃ、これを」
エドはいきなりべスの手をとると何かをぎゅっと握らせた。
「なにするの!」べスがひらいた手のなかには折り畳んだフラン紙幣があった。
「ぼくたちはすでに英語で、大きな声で話している。とっくに仲間だと思われているんじゃないか」
「いらないわよ、こんなもの!」
「これからカモられるぶんだよ。それにしても、あんな屈託ない笑顔を向けられたら、誰だって気を許してしまうだろ?」
そう言いながら彼女に向けたエドの笑顔に、エリザベスの胸が勝手にきゅんとした。
やだ、あらためて見たら、なかなかすてきな笑顔じゃない?
こうして近くで向きあうと、身長は自分より少し高いくらいだが、がっしりした肩幅が何かのスポーツで鍛えてきたことを物語っている。
思わず見とれてしまったエリザベスは、彼の話を聴き漏らすところだった。
「……コンシェルジュに、ロマの子どもたちにはくれぐれも気をつけるよう釘を刺されていたのに、うかつだったよ。ぼんやりしてたら財布を盗られるだけじゃ済まなかったかもしれないな。きみには本当に感謝しているんだ」
はっと我に返ったエリザベスは思わず言い返していた。
「あなたね! ロマと見たら悪人と決めつけるのはよしたほうがいいわ。確かにこの界隈にも犯罪にかかわるひとたちはいる。でもね、それがロマかどうかなんて関係ない、そのへんのところ、勘違いしないことね!」
うわっ! なんなんだ、この勢いは! なんでぼくがここまで言われるんだ? とんでもない相手にかかわってしまったか?
「わ、わかった。決めつけた言い方はよくなかった。そこは謝るよ。とにかく、礼をしないわけにはいかない。でなけりゃぼくの気が済まないんだ。これは受け取ってくれ」
そう言うなり、彼はくるりと背を向けて、エリザベスを振り返ることなく早足で立ち去ってしまった。
「なんなの、あいつ」
しばし呆然として紙幣を握りしめていたエリザベスがつぶやいた。笑顔がすてきだなんて思ったなんて!
いつの間にか、隣りにいたリタがにやにやしている。
「いいね、これでちょっとした祭りができるじゃないか」
べスは気を取り直したように、笑顔になった。
「そうね、パッと楽しみましょう!」
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