第146話 ボクはアルトに教えられた。努力が足りなかった!

 それから数年後、私はお父さんの代わりにカペル家を取り仕切るようになった。といっても領主になったわけではなく、腰を痛めて長い時間座ることができなくなったお父さんの代理としてね。たぶん、次の領主になる予定のアルトが成人するまではこんな感じじゃないのかな。


「ティナ様、グランメル翁がお越しになりました」


「ありがとう、エディ。すぐ行くって伝えて」


 畏まりましたと言って、すでに私の背を追い越した執事姿のエディは出ていく。


「さまになって来たね」


「いえ、まだまだです。ティナ様、あまり甘やかさないでくださいね」


 今年からエディは正式にカペル家の執事になった。ユッテの言う通りレオンさんからの執事修行は終わってないんだけど、なかなかスジはいいらしい。


「はいはい。それじゃ、子供たちをお願いね」


「畏まりました、ティナ様。いってらっしゃいませ」


 賑やか盛りの子供たちをユッテに預け、応接室に向かう。今日は王都からグランメル商会の前会頭さんが来ているのだ。


(ユッテちゃん幸せそうだね)


(そりゃそうだよ。だって、やっと一緒になれたんだもん)


 ユッテとエディは今年の春に結婚した。驚いたことに、ユッテはエディに会ったときから一目惚れだったらしい。でも、年が離れているからそのことを表に出さず、エディが成人するのをじっと待っていたみたい。

 さすがに気の長い話だったので、ユッテにその間にエディに好きな人ができたらどうするつもりだったのかって聞いてみたら、その時は潔く諦めるつもりだったって言っていた。でも、後からよく考えてみると、他の女の子がエディに近寄るのを邪魔していたような気がするし、普段からエディと積極的に仕事をしていた。なかなかの策士だと思ったものだ。


(デューク、今日はどうするの?)


 階段を降りながら再度打ち合わせをする。グランメル翁は表向きは引退しているけど、他の貴族領との交渉を一手に引き受けているから、今日の会談は商会の代表との交渉と思って間違いない。


(グランメル商会が砂糖を欲しがっているのは、この前の報告書に書いてあったよね。今日はその話になると思うんだ)


 カペル家では情報屋(エリスのお父さんのお仲間さん)と取引をしていて、定期的に王都の情報を仕入れている。コストはかかるけど、王都から遠く離れたメルギルで正確な情報を得るためには必要な投資なのだ。


(でも、砂糖はまだ売るほどないよ)


(うん、だから増産するために必要な資金を出してもらおうと思う。その代わりに優先的に販売すると確約してあげたらどうだろう)


 私たちが住むリビエ王国では、砂糖のほとんどを同じレナウス大陸にある北の国々からの輸入に頼っている。メルギルでは温暖な気候の元で育つ品種を利用して砂糖を作っていたけど、領内の消費量も賄うこともできないくらい少量だった。王都経由で運ばれてくる外国産の砂糖は高いから、領内の消費量くらいは自分たちでということで増産しているけど、他の地方の分もとなると話は別だ。さらに用水路を伸ばし農地を広げる必要がある。


(用水路大丈夫だっけ?)


(足りないから新しく引かないといけないね)


 そうなると川の水の量を調べて、人夫さんを集めないといけないから……


(時間かかるってことを伝えとこうか)


(うん、うまくやってね)


 交渉や決め事の時は、こんな感じでデュークに教えてもらいながらやっている。ちょうど王宮でカチヤ解放を王様相手にお願いしたときと同じような感じだね。


 応接室の前ではエディが待っていた。


「ティナ様、グランメル翁をお通しいたしております」


「ありがとう」


 エディが開けてくれたドアから中に入る。


「お待たせしました。グランメル様。ようこそメルギルへ。本日はお会いできるのを楽しみしておりました」








「お父さまー、お母さまー、早くー」

「置いて行くよー」


 前を走るティーファとアルトは、巧みに馬を操りながら山道を駆け上がっていく。今のようにこちらを振り向いていても危なげがない。


「あなたたち、私はそんなに速く走れないんだから、ゆっくりいきなさい」


「お母さまを待ってたら遅くなっちゃうよー」

「そうそう、エディ、先に行こう!」


「あ、お待ちください、お二人とも!」


 ティーファとアルト、それにエディの三人はまるで競争するかのように馬を走らせていった。


「あーあ、行っちゃった。どうしたらあんなにうまく乗れるんだろう……」


(それは、ボクの子供たちだからじゃないかな)


 やっぱりデュークは私から離れることができないらしい。気配を感じるようになってから、ずっとそばにいてくれている。


(私の子どもでもあるんだけど……まあ、先生がよかったんだろうね)


(先生ってボク?)


 なぜだか知らないけど、子供たちは二人ともデュークの姿が見え、話もできるみたい。馬に乗る練習の時も、デュークは私に子供たちのそばまでいくようにせがんで教えていたからそれを言っているんだろう。


(デュークもだけど、エディの教え方がうまかったんじゃないの?)


 エディは遊牧民の出だから、小さい頃から馬に乗っている。つまり子供にどうやって馬の乗り方を教えたらいいか身をもって体験しているので、聞いてる方もわかりやすかったみたいなのだ。


(い、いや、ボクだってちゃんと……ほら、足の使い方なんかはボクのやり方を見て真似してるから……って、見えないね)


 今のデュークは他の人の中に入ることはできないって言っていた。以前デュークなら子供たちの中に入って体を使って教えることもできたんだろうけど、今は見せたり言葉を使って教えているらしい。とはいえ、私には気配しかわからないから、あとから子供たちから聞いて判断しているんだけどね。


「ティナ様。デューク様とお話されているのですか?」


 おっと、ユッテもいたのにデュークとの話に夢中になっていたよ。

 私のそばにいることが多いユッテとエディには、アレンとデュークの関係性について話をしている。二人は不思議に思いながらも子供たちの様子から納得してくれているみたい。


「あ、うん。ごめんね、一人にしちゃって」


「いえ、それは構わないのですが、お子様たちを追わなくてもよろしいのですか?」


「いけない! ユッテ、急ごう!」


 行き先はわかっているけど、遅くなると退屈してエディを困らせてしまいそうだ。

 私とユッテは山に向かって馬を走らせ、デュークはそれを傍らで応援してくれていた。







「うーん、いい気持ち」


 海から上がってくる風が心地いい。ここはメルギルに来た時に最初に街を見た場所。街と海と平野を一望できる私のお気に入りの場所だ。


(メルギルもだいぶん変わったね。たくさんの人が住んでくれるようになったよ)


(うん、ほら、あそこ、港の工事もここからだとよくわかる)


 最初にここに来た時には、海のそばに建物がいくつかあって、そのほかは点々と家や田んぼが点在していただけだったけど、今では街には大きな建物も見えるし田んぼも用水路に沿って計画的に配置できている。それに、小船しか着けなかった港の整備も始めたから、あと数年後には軍艦も横付けできるようになるだろう。


「お母さまー、お腹がすきました」

「お弁当、早く!」


「はいはい、ユッテ、手伝って」


 エディが敷いてくれた敷物の上にお屋敷から持って来たお弁当を並べる。


「お二人とも手は拭けましたか?」


「「ふいたー」」


「それじゃ、食べようか。頂きます」


「「いただきまーす」」


 天気がいい日にみんなでここにピクニックに来るのが楽しみなんだ。


(ティナ、あーん)


(あーんしてあげてもいいけど、食べられないでしょう)


(……ティナのそばにいれるのは嬉しいけど、食べられないのが悔しいよ。えーん)


「ねえ、お母さま、こんなに楽しいのにお父さまどうして泣いてるの?」


 ティーファが不思議そうな顔で私の隣を眺めている。


「ご飯を食べられないのが悲しいんだって」


「お父さま、好き嫌いしたらダメだっていつも言っているのにへんなの。ボクはお野菜だって頑張って食べられるようになったよ。ほら、見て」


 アルトはちょっと苦みのある野菜を目をつむりながら食べた。


「おー、えらいえらい。でも、お父さんが食べられないのは好き嫌いとはちょっと違うんだよね」


(……ボクはアルトに教えられた。努力が足りなかった!)


(な、何?)


(頑張って食べられるようになる!)


 よ、よくわからないけど、頑張れ。


 とまあ、こんな感じで私たちは普通の家族とは違いながらも幸せに暮らしている。


 領地経営もなかなか大変だけど、デューク、それに子供たちがいたらうまくやっていけそうだ。




 ちなみに、それから努力が実ったのかわからないけど、デュークはまた他の人の体に入れるようになり、おいしそうだったり、珍しそうな食べ物の時には食べさせろと言ってくるようになった。その時は仕方がないなといった感じで受け入れているけど、私もデュークを近くに感じることができて嬉しくなっているのは内緒にしているんだ。みんなもそのことをデュークに黙っていてほしいな。デュークってすぐに調子に乗るからね。

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