第145話 ボクはずっとティナのそばにいるからね
「アレン、お水だよ。飲める?」
「……うん、ありがとう」
王都から戻って一年、アレンは熱を出して寝込むことが多くなった。
「ほんとあのやぶ医者は、アレンがこれだけ苦しんでいるのに悪いところは見当たりませんとはどういうことだ!」
ここにいたっては隠し通すことはできないので、アレンの病気のことはみんなに伝えている。これでお医者様を呼べるようになるから、原因を調べて治療したらって思ってたんだけど、その原因が不明だとは思わなかった……
「あなた、落ち着いてください。ここで大きな声を出しても始まりませんよ」
「あ、ああ、そうだな。アレン、ほんとにいいのかい。王都に知らせなくても?」
「お義父さん、ボクはもうカペル家の人間です。王家に知らせても誰も来ることはありません」
「それは、そうなのだが……」
お父さんとしても辛いと思う。アレンのいう通り、アレンはカペル家の養子となった時から王家との繋がりは切れている。だからと言って、知らせませんでしたといって済ませられる問題でもないのだ。
「私がエリスに手紙を書くよ」
「すまないがそうしてくれるか」
エリスはきっと驚くだろう。でも、知らせを受けたクライブはきっとアレンの気持ちを汲んでくれるはず……
それから半月後、王家からお父さん宛に見舞いの手紙が届く。文面はありきたりなもの。要約するとご子息の快方を願う、ただそれだけ。あれだけ家族思いの優しい人たちだ。ほんとならみんなで見舞いに来たいのだと思う。でも、それをしてもらっては困る。カペル家の養子になったアレンは一貴族の息子に過ぎず、いくら元が王家の出身だとしても、王家から特別扱いされるとカペル家と周りの貴族家との関係が微妙になるかもしれない。おそらくクライブが王様たちを止めてくれたんだと思う。
さらに半月がすぎ、アレンは常に熱が出ている状態が続いている。食べる量が目に見えて減ってきていて、日に日に痩せていくのがわかる。
「おとさま、おねつ、きつい?」
「いたいの? ボク、ないないしたげる」
ティーファとアルトが、ベッドに寝ているアレンのおでこに手をあてている。
「冷たくて気持ちがいいよ。二人ともありがとう」
ティーファとアルトは少し言葉を話せるようになって、アレンの気を紛らせてくれるようになった。ただここ数日は、それでもかなり辛そうに見える。
「お二人ともアレン様はこれからお休みになられますよ。こちらで遊びましょう」
「ユッテごめんね」
ユッテが二人を連れて行き、部屋には私とアレンの二人だけが残った。
「果物を持って来たよ。ちょっとだけでも食べて」
今朝、領民が持って来てくれたお見舞いの品の中に、今が旬の桃に似た果物があった。これなら口に入れただけで溶けてくれるから、アレンでも食べられるだろう。
「うん、少し……」
「口に入れるだけでもいいから」
小さく切った果物をアレンの口に含ませる。
「ねえ、どうしても、抜けれないの?」
「ん、あの頃から無理みたい……」
アレンは果物を口の中でもごもごさせながら返事してくれた。
アレンの体にはデュークがいる。私は弱っていくアレンを見るのがつらいので、アレンの体から抜け出したらどうかって言ったんだけど、ティーファとアルトが生まれた日から抜けることができなくなったと聞かされた。確かにあの日はアレンが熱を出していた。それが原因かと聞いてみると……
『たぶん、抜けちゃうと体が持たないんじゃないかな』
まだ普通に生活できてた頃にアレンは笑いながらそう言ってた。
生命力が無くなった状態で精神体が出てしまうとそのまま死んでしまうかもしれないから、体が精神体を離さない。もしそれが本当なら、アレンが死んでしまった時、中にいるデュークは……
「もういいの? うん、私ここにいるから、寝てていいよ」
すぐに寝息が聞こえてきた。たぶん起きているだけでもきついんだと思う。
コンコン……
お父さんかな。
「どうぞ」
「失礼するよ。……アレンは寝てるのかい」
「うん、今しがたね」
「そうか……カチヤの医者もわからないと言っている」
お父さんはこちらのお医者様の診断に納得がいかず、長年カペル家の主治医をしていたカチヤのお医者様を呼び寄せていた。
「うん」
「ティナ、アレンが起きるまでメイドに任せて、あちらでみんなと過ごさないか?」
「ありがとう、でも、ここにいたいんだ」
「……そうか、無理するんじゃないよ」
「うん、わかっている」
お父さんも出ていき、残された部屋で二人だけの時間が流れる。
あの時、アレンは言っていた。
◇◇◇
『本当ならボクは子供の頃、永い眠りについた時に死んでいたんだと思う。でも、何か役割があって生かされていたんじゃないのかな』
『役割?』
『そう、たぶんティナ……いやユキちゃんを助けること』
『有希を?』
『うん、何らかの事情でこちらの世界に来てしまったユキちゃんを……いや、もしかしたらボクが呼び寄せたのかも。そしてこの世界のユキちゃんであるティナと一つにした』
『ティナと有希は同じ?』
そういえばこの世界のお父さんとお母さんは、本当のお父さんお母さんだと思っている。
『うん、そうでもないと違う魂が入ってこんなに馴染むなんて考えられないよ。違う人に入るのはほんと大変なんだ』
デュークは何度か違う人に入って操ったことがある。その時に結構きついって言っていたからそうなんだろう。となると、これだけ馴染んでいるデュークはアレンさんだったということだよね。
『さっき、アレンさんは子供の頃に死んでたかもって言ったよね。どうして?』
クライブからは、アレンさんは前の日まで元気だったのに突然眠り続けたと聞いている。それまで病気らしい病気もしてなかったようだし、腑に落ちない。
『うーん、ボクもよくわからないけど、よほどショックなことがあったのかな。ティナ、心当たりない?』
さすがに私もわからないよ。こっちの記憶ないもの……あれ、そういえばアレンさんが眠りについた頃、ティナも事故の影響で眠りについている。そして地球では……
『そのころ隣に住んでいたお兄ちゃんが事故で死んじゃった……』
『それって、ティナがボクじゃないかって言ってる人?』
『うん……』
『ボクにはその子の記憶が無いから分からないけど、もしかしたら関係しているのかな』
お兄ちゃんとアレンが一緒だったのなら、地球のお兄ちゃんが死んでしまったショックでこの世界のアレンにも影響が出た。私の場合もお兄ちゃんを失ったショックがこちらに出たのかもしれない。
『あはは、もしかしたらあちらのボクがユキちゃんを守ると言いながらそれができなくなって、こちらの世界にも影響を与えたのかもね』
笑い事じゃないよ、いったい何者なのお兄ちゃんって……
『でも、ボクはティナと一緒になれて、そして子供まで持つことができて幸せだよ』
私も幸せだよ。
『ティナ、ボクの時間は終わっちゃうけど、心配しないで……ずっと近くにいるから』
『アレン……』
◇◇◇
「アレン、目が覚めた。気分はどう?」
「ティナ、夢を見ていたよ。二人で学校に行ってた。君は小学生でボクは中学生かな、ボクだけ制服着てたから。それでね、二人で笑ってたよ」
それから二日後、アレンは眠るように息を引き取った。
「ティナ様、お子様たちのお飲み物を持ってまいります。少し離れますが……よろしいですか?」
「うん、大丈夫だよ。ユッテお願いね」
アレンのお葬式が終わりお屋敷の裏手にある墓地に埋葬をすませた後、私は子供たちとアレンがいなくなった部屋に戻っていた。
「ティーファ、アルト、お父さんいなくなっちゃった」
二人は私の顔を見て首をかしげている。お葬式の時もアレンを埋葬するときも泣くことは無かったから、よくわかっていないのかもしれない。
「もう会えないんだよ」
うぅ、涙が……この子たちの前では泣かないって決めたのに。
アレンはずっと近くにいると言ってくれた。でも……死んでしまってから、アレン、いや、デュークの気配を感じていない。きっとアレンと一緒に天に帰っていったんだ。
「おかさま、なんで、泣いてうの?」
「ティーファぁ」
思わずティーファを抱きしめる。そこにアルトも抱き着いて来て
「おかさま、おとさまが泣いちゃメッて」
え? この子なんて言った?
「デュークいるの?」
周りを見渡してもデュークの気配を感じない。
でも、ティーファとアルトが見ているあたりは、以前デュークが私の近くにいた時に良く感じていた場所だ。……そっか、近くにいてくれているんだ。でも、なんでこの子たちだけ感じることができるんだろう?
それから一週間、私はデュークの気配を感じられないまま時が過ぎた。
「おとさま、これ、見て!」
「アルト、しっ、しー」
アルトは、私の肩の上あたりに庭で見つけてきた花を差し出す。
今のところ、ユッテやエディといった子供たちの世話を手伝ってくれる人の前でしかしてないけど、他の人の前でやったらおかしな子だと思われてしまう。
「私もはい! おとさま」
ティーファまで……
「あ、ありがとう、二人とも、お父さんに渡しておくね」
私は二人から可愛い花を受け取る。
「ほんと可愛らしい。ティナ様、お二人が悲しまれてなくてよかったですね」
確かにお父さんに会いたいって泣き叫ばれていたら、心が傷んでただろう。
「そうだけど、他の人に見られたら大変だよ」
「実は私、エリス様よりお聞きしております。ティナ様にはお守りになる方が付き従われていると」
「……僕もエリス様から伺いました。ティナ様は一人でたまに変なことをするけど、それはお守りさまと話しているから気にしないようにって」
エリスめ……
「恐らくティーファ様もアルト様も、その方がアレン様に見えておられるのでしょう」
私には感じられないけど、たぶんそれはアレン……デュークで間違いないと思う。
「ま、まあ、それは置いといて、もし子供たちが他の人の前で始めちゃったら止めてほしいんだ」
「畏まりました。それが普通だと皆に伝えるようにいたします」
それが普通って……もう、どうなっても知らないよ。
それから数日して、私もようやくデュークの気配を感じることができるようになった。
(ティナ、ティナ……)
(デューク!)
(やっと届いた。ティナ、久しぶり)
(久しぶりって……よかった、子供たちの様子からいるのは分かっていたけど、ずっと話せないんじゃないかって思ってたよ)
(ごめんね。ずっと呼びかけていたんだけど、たぶんボクに力が足りてなかったんだと思う)
(力が?)
(うん、アレンとして死んじゃった時に一度消えかけそうになったんだ。途中で気が付いてこれはいけないって、もう必死で戻って来たんだ。そしたらティナには気付いてもらえないしでどうしようかと思ったら、子供たちがわかってくれて助かったよ)
一度消えかけたって、成仏しそうになったってことかな……
(そ、そっかー、よかった。デューク、これからもよろしくね)
(うん! ボクはずっとティナのそばにいるからね)
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