最終話 ボクたちはこれからもずっと一緒だよ

「おばあちゃーん、お話読んでー」


「あら、構わないけど、そろそろお休みの時間じゃないかしら」


 部屋に入って来るなり私のひざ掛けの上に乗って来た、可愛らしい赤毛の頭を撫でてあげる。


「お母さんごめんなさい。ほら、もう目がショボショボしてるじゃない。あなた、この子を娘のところに連れて行ってくれるかしら」


 この子を追って部屋にやってきたティーファは、自分の孫をメイドに預け、私のそばにある椅子に腰かけた。


「遠くまでよく来てくれたね」


 ティーファは成人した後、王都のウェリス家にお嫁に行った。お相手はダニエルとフリーデの子供で、お互いの家を行き来していくうちに愛を育んでいったみたい。


「あの子のお兄ちゃんの入学がありましたからね。お母さまにも会いたかったし、ちょうどいい機会だったんですよ」


 アルトが領主になってほどなくメルギルに学校を作った。学校といっても王都にある貴族の子弟用の物とは違って、入学試験に合格すれば身分に関係なく入れるから、地球でいうところの大学みたいなものかな。

 元々は試験も無かったんだけど、ここの卒業生がいろんなところで活躍しだしたものだから、他の貴族たちがこぞって自分の領地の優秀な若者を送り出してくるようになって……ただ、こちらの学校も広さや先生が教えられる人数に限りがあるし、全員を受け入れられないから仕方なく試験を導入したら、さらに過熱しちゃって……クライブが王都に同じような学校を作ってくれたからそれなりに落ち着いたけど、それでも王都よりもメルギルの学校の方が人気があるので、そこに一回の試験で入ることができたティーファの孫は優秀なんだと思う。


「学校に入るの大変だったんじゃないの?」


「毎日遅くまで勉強してましたからね。私もホッとしました」


(ボクの玄孫やしゃごだからね。優秀で当り前さ)


 デュークったら……


「あら、お父さん。さすがに玄孫にまでそういうことを言うのは厚かましくありませんか? 私の育て方がよかったんですよ」


 ティーファも負けてない。しばらく前からデュークは、私と子供たちと同時に言葉を伝えることができるようになった。もちろんこれまでのようにそれぞれとだけで話すこともできる。どうしてできるようになったのって聞いたらかなり努力したと言っていたから、ティーファの孫がデュークの血を引き継いでいるのは間違いないだろう。


「はいはい、親子で張り合ってもしょうがないでしょう」


 今にもにらみ合いを始めそうな二人を止める。


「ほんと来てよかったわ。元気そうな二人に会えたから。でも、お父さんがいつまでも若いままなのは腹立たしいわね」


 デュークは肉体が無いから老化とは無縁みたい。私は腹立たしいとは思わないけど、羨ましい気はするかな。というのも、最近では歩くのもおっくうで、階段は上りも下りも人の手を借りないと覚束おぼつかない。


(ボクだって成長しているんだからね。今なら何だってできるような気がするよ!)


 成長か……20歳で産んだティーファが今年で70だ。私もこの前90歳のお祝いをしてもらったし、見た目からして、ティーファも私も立派なおばあちゃんだ。こうなってしまうと成長と言わずに……


「まあ、お父さんがいてくれるから、普段お母さんと離れていても安心できるんだけど、ここにあいつがいないのが寂しいかな……」


「好きなことやって逝きましたからね。最後も幸せそうな顔でしたよ」


 ティーファの双子の弟のアルトは去年病気で亡くなった。お酒が大好きで街に行っては友達と楽しそうに飲んでいたのを思い出す。


「私がいくらやめろって言っても聞かないんだもん。お母さんよりも先に逝くって親不孝にも程があるわ」


「そう言わないであげて。領主の間だけでなく、跡を子供に譲ってからも頼まれごとが多くて忙しくしてましたからね。みんなと飲むお酒が楽しみだったんですよ」


 アルトが領主になってからのメルギルの発展は目を見張るものがあった。アレンの血を引き継いで真面目で思慮深く、さらに大事なことはデュークやエディと相談しながら慎重に決めていた。人懐っこい性格で、お祭りの時も領主という立場に関係なく準備の時から参加していたから領民の中にもファンが多く、お葬式の時にはたくさんの人たちが集まってくれた。私はアルトを亡くした悲しみよりも、こんなに領民に慕われる子供を育てることができたことを誇らしく思ったものだ。


「そうねえ、私はウェリス家のことだけを考えていればよかったけど、領地を持っていると気苦労も多かったのかもしれないわね……あっ、いけないしみじみするのは私の性に合わないわ。それでお母さま最近調子はどうなの? 胸は苦しくない?」


「もう年だからね。あちこちにガタが来ているよ」


「無理しないでね。私、しばらくこっちにいるから……そうだ、天気がいい日にみんなでピクニックに行きましょう。子供の頃みたいにあの丘で」


「そうね、楽しみにしているわ」


「早速準備しなくちゃ。それじゃお母さま、お父さま、おやすみなさい」


「ああ、お休み」


(おやすみー、ティーファ)


 ティーファは部屋を出ていき、デュークと二人っきりになった。


(ティーファ、元気そうでよかった)


(うん、まだまだ死にそうにないよ。ティナもアルトが亡くなってから、あの子のことを心配していたもんね)


(ふふ、私と同じように長生きしてくれるかしら)


(大丈夫、ボクが保証する。あと20年は元気だよ。……ん? ティナ、ねむいの?)


(……)


(お布団に行く? 誰かを呼んだら?)


(ううん、このままで……)


(……そうだね、ティナ、長い間お疲れ様。ゆっくり休んで……ボクはこれからもずっと一緒だよ)


 薄れゆく意識の中、デュークの優しい言葉が私を包み込んでくれた。


 デューク、ありがとう…………




 ティナ・カペル、享年90歳。

 彼女の生涯は波乱の連続だった。詳細は省くが特筆すべきは、16歳の時、五年もの長い眠りから覚めてからの活躍であろう。男爵家だったカペル家が、短期間の間に公爵家にまでなることができたのは彼女の手腕があったからだと言われている。また、晩年もクライブ王の要請に従い長年緊張状態にあった教皇国に単身乗り込み、秘密裏に教皇と会談したことはその当時を知る者の間では公然の秘密となっており、その後、彼の国と間に相互不可侵条約が結ばれ、交易が始まったのも彼女のおかげであると言えよう。

 彼女が亡くなってから数百年もの間、長きにわたって栄えたリビエ王国。その歴史書がいくつか作られているが、そのどれにも名君と名高いクライブ王とその妃のエリス、そして二人の友人であり影から支えたティナ・カペルの功績がつづられていて、それに異を唱える者は誰もいない。



☆☆☆



「…………ゆき……有希! 早く起きなさい。いつまで寝ているの!」


 ん……お母さんの声だ。そういえば、こんな声だったかも。なんだか懐かしいな……


「ほら、有希!」


「あ、あれ? お母さん、どうして?……」


 目の前にはなぜか私(有希)のお母さんがいる。


「どうしてって、あなた今日は学校でしょう。もしかして具合が悪いの?」


 学校?

 ついさっき、デュークの声を聴きながら眠ったような気がするんだけど……


 起き上がり、自分の体を見てみる。

 し、シワがない! ピチピチだ。というかかなり小さいぞ。小学生くらい?

 ……どうして???


「お、お母さん、今日は何日?」


 でも、このパジャマは覚えている。これが原因でお兄ちゃんとケンカを……

 そう、これを初めて着た翌日にあの事件が起きたのだ。忘れるはずがないよ。


「今日は4月10日よ」


 やっぱりそうだ。


「お兄ちゃんのところに行ってくる!」


「ちょっと待ちなさい! せめて服を着替えていきなさい!」


 私は慌ててパジャマを着替え、お隣のお兄ちゃんの家へと向かう……


 あの日の前日、いつものようにうちにご飯を食べに来ていたお兄ちゃん。あの時の私は可愛いパジャマを買ってもらったから、お兄ちゃんに見てもらおうと食事が済んだ後に慌ててお風呂に入ったんだよね。そして、真新しいパジャマに袖を通し、居間でお父さんたちとテレビを見ていたお兄ちゃんのところに行ったんだけど、せっかくのパジャマを見てもお兄ちゃんは全くの無反応……私は腹が立っちゃって、お兄ちゃんとケンカしちゃったんだ。その翌日、お兄ちゃんは私を待たずに学校に行ってしまった。いつも一緒に登校していたのに……


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


 私は何度も声を掛け、隣の家の呼び鈴を鳴らす。


 お願い、まだ家にいて……


(ガチャ)


「おはよう有希ちゃん。どうしたの?」


 よ、よかった。まだいた。


「お兄ちゃん、昨日はごめん。お願いだから今日はゆっくり学校に行って!」


 私は泣きながらお兄ちゃんに抱き着く。


「落ち着いて、ユキちゃん……いや、ティナ」


 驚いた私はお兄ちゃんの顔を見る。


「全部覚えているよ。ティナ」


「え、え……デューク?」


「うん、デュークでもアレンでも……ボクだよ。ティナ。最初はカチヤのお屋敷だったよね。ボクは記憶を無くしてて、ユキちゃんはこっちの記憶しかなかった。それから、教皇国が襲ってきて王都に逃げる途中で、エリスちゃんと一緒にボクのことをデュークと名付けてくれたね。そして、王都でアレンと出会って、ボクはアレンになった」


「う、うん! アレンはカペル家の養子になって私と一緒にメルギルまで行って、そして結婚したよ」


「そうだね。子宝にも恵まれて幸せだったときにボクが死んじゃって……」


「あの時は悲しかったんだから……」


「ごめんね。仕方がなかったんだよ。アレンの体は本当なら王都で死んじゃってたはずなんだ。でも、ボクはティナの傍にいることができた」


「デュークとしてね」


 お兄ちゃんはうんと頷いた。


「それで、私にティーファと別れてからの記憶が無いんだけど、たぶんあの時に死んじゃったんでしょう。あのあとデュークはどうしたの?」


「うーん、ボクもティナの意識があの世界からいなくなった瞬間に消えちゃったからわからないな。気が付いたらこの体だったもん」


「私と一緒だね」


 私はお兄ちゃんと一緒に笑い合った。


「ほら、あなたたち、早くしないと学校に遅れるわよ。一樹かずき君も朝ごはんがまだなら一緒に食べちゃいなさい。ほんと仲がいいんだから」


 玄関先で笑っている私たちを、お母さんがいつものようにあきれ顔で見ている。


「「はーい」」








「この先だよ。ボクが死んだの」


 そう、あの時のお兄ちゃんはこの先を曲がったところで居眠り運転の車にはねられて死んでしまった。

 今日は時間を遅らせているから大丈夫だと思うけど……


 後ろからパトカーの音が聞こえる。

 慌てて、先を急ぐと電信柱にぶつかっている車が見えた。


「運転手さんも無事なようだね」


 運転手さんは車の外に出て、一生懸命に電話していた。周りにケガをしている人もいないみたいだし、いわゆる単独事故だったみたい。


「これは歴史が変わったってこと?」


 私とお兄ちゃんは事故現場を後にして学校まで歩いていく。


「たぶん。ボクが生きているからね」


「これからどうなるのかな……」


「わからないけど、やらないといけないことはあるんだ」


「なに?」


「有希ちゃんがあっちの世界に行くきっかけになったのって覚えている?」


「確か家を出た瞬間に記憶がなくなって……そういえば、なにか光ってた気がする」


「なんの光だったか覚えてないかな?」


「それはわからないよ……」


「それじゃ、その頃世の中で何があってたか覚えていない? ボクは死んじゃっててわからないんだよね」


 うーん、未来のことだけど、かなり昔の記憶で……あの頃テレビで盛んに言っていたのは遠い国で戦争があってて、確かこの国の近くでは……


「隣の国がミサイルをたくさん撃っていたような……もしかしてミサイルが飛んできたの?」


「わからないけど、もうそうならやるべきことは分かるよね」


「戦争を起こさないようにするんだよね。デューク」


「一緒に頑張ろう、ティナ」


「できるかな私はまだ小学5年生だよ」


「ティナは何歳まで生きてたっけ」


「90さい……」


「何? 聞こえないよ」


「90歳の大往生でした!」


「外国だって一人で乗り込んでいける経験豊富なおばあちゃんだね」


「そ、それはデュークが一緒だったから……それで、お兄ちゃん、あの世界って夢の世界だったのかな」


「うーん、どうかな、ボクはどこか違う次元にある世界だと思うよ」


 違う世界か……


「またいけるかな?」


「わからないけど、生きてさえいれば可能性はあるんじゃないかな」


「それじゃ死なないように頑張ろうね」


「そうだね、有希ちゃんは90歳、いや、こっちだと100歳まで生きないといけないんじゃない?」


「100歳か……あと90年ちかく……先は長いよ。でもお兄ちゃんも一緒でしょ」


「うん、ボクはこれからも一緒だよ。君からずっと離れないよ……ティナ」




 おしまい



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