第142話 もう少しだけ、ボクのわがままに付き合ってくれないかな
「旦那様、準備ができました」
「ありがとう。それではみんな乗り込むこととしよう。レオン、後のことは頼むよ」
ティーファとアルトが生まれてから一年が過ぎた春。待ちに待ったクライブとエリスの結婚の知らせが届いた。早速二人をお祝いするためにお父さんとお母さん、アレンと私、それにティーファとアルトを連れて王都まで向かうところだ。
小さい子が二人もいて大変なんじゃないかって、大丈夫、お母さんもいるしユッテも付いて来てくれるからね。そして、
「皆さんよろしいでしょうか。それでは出発しますね。ハッ!」
御者はエディだ。遊牧民出身の彼は馬のことに関しては間違いない。王都までの長い道のりを任せるのに適任なんだ。
そして今回使用する馬車は、新たに作った10人が乗れる大きなもの。領地経営もうまくいっているし、家族も増えたからと言ってお父さんが新調したんだ。
「二人とも静かなものですね」
動き出した馬車の中、ティーファとアルトの二人は窓に噛り付いて外を眺めている。
「うん、馬車に乗るといつもこうなの」
この子たちが産まれてから女子会には馬車で行っているんだけど、抱っこしていたときは外を見せろとせがむし、お座りできるようになってからは二人そろって窓際を陣取っているんだよね。
「ティナも王都で馬車に乗っているときはいつも外を見たがっていたから、ほんとそっくりだよ」
うっ、そう言われてみたらそうだったかもしれない。
「おや、アレンは王都でティナと馬車に乗ったことがあったのかね」
……あ、あれ? 乗ってなかったっけ? 一緒に乗ってたよね……いつも私の近くをうろちょろとしていたような気がするけど……ん? あれはデュークだ! ということは、アレンは知らないことを知っていたことになる。不味いかな……
「はい、お義父さん。ティナがメルギルに来るときに初めて一緒になりましたが、王都を走っている間はまだかまだかとうるさくて、出た途端、窓を全開にしたのには驚きましたよ」
よかった、一緒に乗ってた。……って、そこまでうるさくはしてなかったんじゃないかな、ルーカスさんも一緒だったんだから。
「……この子たちがティナの性質を引き継いでいるとなると、王都に入って窓を閉めた時にどうなるでしょうか?」
「そ、それは……」
さすがにやってみないことにはわからないよ。理由を言ってわかってくれたらいいんだけど、まだちゃんとお喋りできないんだもん。
「ま、まあ、その時はここにいるみんなでこの子たちを飽きさせないようにするしかないだろう」
窓を開けられないのならそうするしか方法はなさそうだ。メルギルに言っている間にしきたりが変わっていたらいいんだけど、そんなことは無いだろう。ほんと、貴族の世界はめんどくさいよー。
春の日差しに包まれて穏やかな空気が流れている私たちの馬車は、メルギルの北西にそびえる山に向かって進む。子供たちが見ている窓の外には、この地方でよく見る背の高い木が立ち並んでいるけど、街道の整備と一緒に間引きもしたから薄暗いということは無い。
確かこの先だったな。
「アレン、この子たちにメルギルの街を見せたいんだけどいいかな」
「見せるって、二人で一緒に来てたあそこ?」
「うん」
その場所はここに最初に来た時に、ルーカスたちにお願いして立ち止まったところの近くにある広場だ。結婚してからは馬に乗って二人で来ていたんだよね。せっかくだからこの子たちに見せてあげたいと思う。海と陸のコントラストがきれいなんだもん。
「わかった」
アレンは前方の窓を開け、エディに伝える。
「エディも知ってた。あと半時(一時間)くらいで着くって」
エディはお休みの時によく一人で遠乗りに出かけているようだけど、この辺りまで来てるのかな。
それからしばらくして馬車は、街道のカーブのところの広い場所で停車した。
子供たちは馬車が止まったのが不思議なようで、揃ってこちらを見て、なんで? という顔をしている。
「二人とも、休憩するよ」
ティーファとアルトは外に出れるのがわかったのか、大人しく私たちに抱かれてくれた。
「おおー、この場所はいいな」
街道からちょっと登ったところに広場があり、眼下にはメルギルの広い平野と青く美しい海が広がっている。
「お父さんたちは初めてなの?」
「ああ、メルギルに来てからどこにも行っていないし、ここに来るときはあまりの揺れのひどさに外を気にする余裕はなかったからね」
今でこそ道をならして通りやすくなっているけど、確かに最初の頃はひどかった。
「ほら、ティーファ、アルト。ここが私たちの街、メルギルだよ」
私とアレンに抱きかかえられた二人は、遠くに見えるメルギルの街に向かって手を伸ばした。
ふふ、きれいだもんね。手に取って見たいと思うよね。この子たちがカペル家の領主になれるのかまだわからないけど、もしそうなった時にはここに住む人たちを幸せにできる大人になって欲しい。今はまだよくわかってないはずだけど、大きくなった時に今日のことを覚えててくれたらいいなって思う。
「皆様、そろそろお時間が……」
エディに促され馬車に乗る。明るいうちに宿に着かないと、暗くなると道が見えなくなって危ないんだ。
「もう明日にはドーリスに着くのだろう。最初来た時に五日かかったのが嘘みたいだ」
夕方頃、予定の時間に宿に到着しお父さんは感嘆の声を上げる。ここはメルギルとドーリスのほぼ真ん中、これまでなら二日たってもたどり着けてなかったはずだ。
「この宿も最近では交易の人やメルギルへ観光に来てくれる人が使ってくれるようになりました」
道を良くした影響が早くも現れているみたい。
「報告書を見せてもらったよ。そろそろトントンになるんだろう」
街道の工事の人たちを泊める時には宿泊費をもらっていないから、収支がトントンになるということはそれ以外の人たちの宿泊が増えているということだ。
「はい、あと一、二年のうちに黒字が定着すると思います」
「そうか、それでは……」
「あなたたち! その話は中に入ってからやってください。早く馬車を降りないとエディがいつまでたっても休めませんよ」
あはは、お父さんはアレンに領主としての知識を教えようとしているから、どこでもこんな感じで話が始まっちゃうんだ。
「はい、アレン」
私はアレンに眠ってしまっているアルトを渡し、私も同じように寝ているティーファを抱き馬車を降りる。まあ、お父さんがのんびりアレンと話していたのはこの二人が寝ていたせいもあるんだけどね。
その後、宿で提供されるメルギルの名物料理をいただき、私たち家族四人は同じ部屋に泊まることになった。
「――それで今は赤字だけど、工事が終わったら作業員さんが泊まらなくなるからその分の負担が丸々なくなる。交易の人や観光客も順調に増えていっているから、近いうちに黒字になると思うんだ」
「そのあとはどうするの?」
「ある程度黒字が定着したら、ここの親父さんに引き受けてもらおうと思っている」
私は子供たちをあやしながらアレンの考えを聞いている。
「そうだね、女将さんの料理もおいしかったからきっと繁盛するよ……ねえ、アレン。調子はどう?」
「ん? 今日はいい気分だよ」
あの日……ティーファとアルトが生まれた日以来、アレンは夜に熱を出すことが多くなった。さすがにおかしいから、お医者さんを呼ぼうと言ったらアレンはにこりと笑ってこう言った……
◇◇◇
『ごめんね、ティナ。アレンさんの時間が残り少なくなったみたいなんだ』
『アレンさんって……どういうこと?』
『うん……本当ならアレンさんは王都で死んでいたはずなんだ』
あの時のデュークは自分がアレンさんに入ったから体の時間が動きだして、このままだと死んじゃうって言っていた。
『でも、あの時は……』
『うん、確かにボクはアレンさんの体に入ることで元気になるって言ったよ。でもね、ボクが入ろうとなかろうとアレンさんの体は限界だったんだ』
『ど、どうしてそんなことがわかるの?』
『わかるよ、自分の体だもん……』
『……何ともならないの?』
『寿命なんだよ……ティナ』
涙が溢れて止まらない。
『そ、そんなこと言ったって、お父さんはアレンが跡継ぎになったって喜んでいるよ。それに、子供たちも生まれたばかりで……』
私はアレンとの間で寝ている二人を見つめる。それをアレンは優しく微笑みながら見つめてくれている。
『アレンのバカ! ずっと離れないって言ったのに!』
『うっ、うえぇーーん』
『うっ、うえぇーーーん』
『ご、ごめん』
私とアレンで二人をあやす。
『ごめんね、ティナ。ボクのわがままで結婚してもらって、それに子供まで残して……』
それは私も望んだこと、責めるつもりはない。
『私、どうしたらいいの?』
『もう少しだけ、ボクのわがままに付き合ってくれないかな』
◇◇◇
「あ、寝ちゃうかな」
さっきまで座って遊んでいたティーファとアルトが、二人そろってうつらうつらしだした。
「もういい時間だし、私たちも寝ようか」
二人に布団を掛け、私たちも寝る支度をする。
「明日は久しぶりのドーリス。アルノルトさんは手紙で変わったって自慢していたから、見るの楽しみにしてるんだ」
「でも、アルノルトさんたちには会えないんでしょう?」
「うん、ボクたちと同じように王都に向かっているはずだからね」
「そっか……王都で会えたらいいね」
クライブたちの結婚のお祝いはそれぞれの貴族家ごとに時間を決めて行われる。日付も違うことがあるから、王都で行き違いの可能性もある。
「そうだね。それじゃ寝ようか。お休み、ティナ」
「お休み、アレン」
残された時間がどれだけあるかわからないけど、私はアレンに心残りが無いようにさせてあげたいと思う。
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