第143話 明日はアレンにお願いするね

 翌日、商店も増え街並みもきれいになったドーリスでその日の宿を取り、それから二日後、私たちは王都に入った。

 馬車の中にはお父さん、お母さん、アレン、私と子供たちが乗っていて、ユッテはドーリスを過ぎてから、道をよく知らないエディのために御者台に移動している。


「やっと……もうすぐ着く」


 馬車は貴族街に入ったようだ。外の喧騒けんそうが聞こえなくなってきた。

 王都滞在中は、いつものようにコンラートさんのところでお世話になる予定なので、あと少しで到着すると思う。


「私も疲れたよ……この子たちがティナの子供であることに疑う余地は無いな」


 私が二人を産んだのは間違いがないんだけどね。予想通りというか、王都に入って窓を閉めた途端、二人が揃って騒ぎだしたのだ。


「しっ、あなたたち静かに、起きてしまいます」


 お母さんはアレンとお父さんに向かって声を控えるように言う。さっきまで窓を開けろとせがんでいたティーファとアルトは、私とお母さんの腕の中でお休み中。たぶん騒ぎ疲れたんだと思う。


 窓の隙間から少しだけ外を見る。青葉が茂りだした街路樹が王都にも春の訪れを告げていた。







「よく来た! 遠くから疲れただろう。っと、挨拶はあとだ、まずは中に入ってくれ」


 ウェリス邸に到着した私たちをコンラートさんは表まで出迎えてくれて、寝ている子供たちを見てすぐに中に入るように促してくれた。


「すまんな。クタクタなんだ」


 ウェリス家の使用人たちは手早く荷物を受け取り、私たちをお屋敷の中に招き入れてくれる。


「ティナお姉さま! 会いたかったです……ゎ」


 玄関から中に入った途端フリーデが飛び込んできたが、腕の中のティーファを見てそっと近づいてきた。


「寝ているのですね」


「うん、騒ぎすぎて疲れたんだと思う」


 フリーデはそっとティーファの顔を覗き込む。


「ティナお姉さまにそっくり。でも口元はアレン様似なのかしら?」


 フリーデは私の隣に立っているアレンの顔と見比べている。


「フリーデ、みんな疲れているんだから……。アレン様もようこそいらっしゃいました」


「ウェリス卿、お世話になります。ボクはハーゲン父さんの息子です。様はよしてください」


「はは、そうだったなアレン君。私のこともコンラートと呼んでくれ。さあみんな、立ち話もなんだから早く入ってくれ」


 私たちはウェリス家の食堂に向かった。






「いつもすまんな。今回もお世話になるよ。しかしこれは……」


 かつて慣れ親しんだ食堂に真新しい赤ん坊用のベッドが置いてあり、ティーファとアルトはそこですやすやと寝ている。


「ああ、ティナが子供を連れて来ると聞いてから、カミラが用意したんだ」


「フリーデが小さい頃はまだなかったんだけど、最近はこういうものも作られるようになったのよ」


 実はこれも車いすの影響らしい。これまで気にも止められなかったことに、ようやく目が行き届くようになってきたみたい。


「でも、私たちのためにわざわざ……ありがとうございます」


 これがあると子供たちを目が届くところで寝せることができるから安心だけど、今回の王都滞在は4~5日の予定だ。そのために買ったのなら申し訳ない。


「ふふ、すぐにフリーデが必要になると思うの」


 フリーデが?


「まさか!」


「いやー、ようやくフリーデの婚約が決まったんだ」


「お父様ったら」


 フリーデ、もじもじして可愛らしいよ。


「誰? 私の知っている人かな」


「ガーランド侯爵のところの……」


 ガーランド侯爵……


「もしかしてダニエル!」


「おお、そうかティナも学校で一緒だったね。そのダニエル君がうちに養子に来てくれることになったんだ」


 ダニエルは次男だからガーランド家は継がないって言っていたけど、まさかフリーデと一緒になるとは……


「いつの間に……」


「お姉さまがメルギルに行かれてから、私が寂しがっていないかって、時間を見つけては会いに来てくれたんですの」


 確かにダニエルはそういうところはマメだったよ。最初はいけ好かない感じだったけど、付き合ってみると意外といい奴だったんだよね。なんで最初の時にああいったのか不思議に思ったけど、あとから男の子には虚勢を張りたい年頃ってあるって聞いて納得したものだ。


「そっかー、おめでとう。フリーデとダニエルの結婚の時には来れないけど幸せにね」


「大丈夫ですわ。今度は私がダニエルと一緒にお姉さまのところに参りますから」


「うん、楽しみにしておくよ」


 そのあと子供たちが目を覚まし、話題の中心がまたこの子たちに移ったけど、久しぶりのウェリス家の食卓は懐かしいものだった。


「それではお姉さま、のちほどお迎えに参りますね!」


 夕食が終わり、食堂を出るところでフリーデが声を掛けてきた。


「ん? ティナ、どこに行くの?」


 私の隣でティーファを抱いているアレンにはわからないようだ。


「んしょっと、たぶん、お風呂だと思うよ」


 私はティーファに手を伸ばそうとしてずり落ちそうなアルトを抱えなおして答える。


「あ、ここは温泉だったね。いつも見てるだけだったから、今日は楽しみだよ」


「あ、シッ!」


 慌てて周りを見渡す……よかった、誰も聞いていないみたい。


「どうしたの?」


 アレンに近づきそっと教える。


「アレンはこのお屋敷初めてなんだから、見てたらおかしいよ」


 アレンはアッと言う顔をして、舌を出した。


「さあ、行こう。この子たちをお風呂に入れる準備をしなくちゃ」







 ウェリス家に滞在中の私たちの部屋は、以前私が使っていたところだった。


「あの時のままだ」


 違うのは置いているベッドの数だけ。


「ほんとだ。あっ、机もそのままだよ」


 もう、アレンってば……まあ、ここは私たちしかいないからいいか。


「アレン……」


 子供たちのお風呂の用意を済ませた私は、フリーデが迎えにくるのを待つ間アレンの隣に座った。

 ティーファとアルトは新しい部屋に特別興味はないようで、子供用ベッドの上で二人で遊んでいる。


「何?」


「明日だね」


「うん」


 私たちがクライブとエリスに会えるのは明日の午後からだ。時間は夕方に近いからその日の最後かもしれない。


「ほんとに伝えるの?」


「クライブと二人っきりになれたらね」


 アレンは間もなく自分の命が消えることをクライブに言うつもりだ。


「でも、どうして……」


 クライブは……きっと悲しむと思う。


「ボクはこれからクライブを支えることができなくなるから、今のうちに謝っておこうと思って」


 大好きなお兄さんから、もう二度と会えなくなると告げられる。果たしてそれはクライブのためになるのだろうか?


「ティナ、心配なの? 大丈夫、ボクの弟は強いから。それでエリスちゃんには?」


 私は首を横に振る。アレンのことを知ったら、きっとエリスは私のことを心配してくれると思う。でも、彼女はこれから未来の王妃として個を捨てないといけない。私のことに気を取られてもらっては困るのだ。


「わかった……ボクからは何も言わないね」


 私はエリスに結婚のお祝いだけを伝えに行こう。


 コンコン!


「ティナお姉様、お迎えに参りました!」


「わかったすぐ行くね」


 私は扉の外のフリーデに声を掛け、ティーファとアルトを抱きかかえる。


「二人とも連れていくの?」


「うん、ユッテも手伝ってくれることになっているから」


「そっか……ボクはあとから一人でのんびり入らせてもらうよ」


 あれ、もしかして子供たちと一緒に入るのを楽しみにしていたのかな。


「明日はアレンにお願いするね」


 アレンはごゆっくりと言ってニコニコと手を振ってくれた。

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