第140話 入ってもらって、二人にも見てもらおう
2の月の末。私は以前使っていた部屋のベッドの上に寝せられていて、周りには数人のメイドと女性の使用人が集まっていた。
「ティナ様、まだいきんじゃダメですよ」
足元からアンネさんの声が聞こえてくる。
「ま、まだなの……も、もういいんじゃないのかな」
さっきからずっとお腹が痛い。特に時折やってくる激しい痛みを早く何とかしてもらいたい。今、私はお腹の中にいる赤ちゃんを誕生させる行為、いわゆる出産の真っ最中なのだ。
夕食の後、部屋でのんびりとしていたら破水し、慌ててアレンにみんなを呼んできてもらった。お母さんを始めとした当家の女性陣はいつこうなっても大丈夫なように用意していたらしく、私はこの時のために清潔に保たれた部屋(結婚するまで私が使っていた部屋)に移され、すぐに赤ちゃんを産むための準備が整った。その時にアレンがついてこようとしたけど、当然のように部屋に入ることは許されなかったようだ。呼びに来るまで食堂でお父さんと一緒に待つように言われているらしい。
「ティナ、アンネは私がティナを産むときにも立ち会ってくれたのよ。それに、他のメイドたちの子供も何人も取り上げてるんだから間違いないわ。ちゃんと言うことを聞きなさい」
お母さんが私の手を握りながら話しかけてくれた。
こういう時は経験者の人の話が一番参考になるよね。
「わ、わかった。でも、早く楽になりたいよ……」
とはいえ、この痛みだけは
「しっかりしなさい! お母さんになるんでしょ。あなたがちゃんとしないと子供たちも出てきてくれませんよ!」
赤ちゃんのため……
わ、私、頑張る。
「ティナ様、開いてきてますよ。もうだけ少し辛抱してください」
あと少し……あと少しでこの子たちに会える。
つわりは少し辛かったけど、ほんとに妊娠しているんだと実感することができた。それがおさまってからは日に日に大きくなっていくお腹。そのうち中から蹴られるようになるとそのたびに嬉しくなって、一日でも早く会いたいという思いと、一日でも長くお腹の中で大きく育ってほしいという気持ちとのせめぎ合い。それも今日解放される。私はお母さんになるんだ!
「ティナ様、よく我慢されました。もう大丈夫です。さあ、力いっぱいいきんでください!」
アンネさんの言葉を聞き、私はこれまでなんとかそらしていた気をお腹に込める。すると嘘のように一気に力が入り
『ん゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』
待ちに待った瞬間、私の赤ちゃんが産道を通り抜けていく。
「はい出た! ティナ様、もう一人います! 頑張って!」
やはり終わりではなかった。私はさらに力を込める。
『ん゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』
二人目が出た瞬間、これまで重たかったお腹が嘘のように軽くなる。
「ティナ様、よく頑張られました! 二人とも元気です!」
私の耳に二人分の赤ちゃんの泣き声が届いた。
よかった……
アンネさんに産後の処置をしてもらいながら、お母さんたちに体を拭いてもらっている赤ちゃんを見てみると……
「あれ?」
光の加減じゃないよね。頭にちょっとだけ生えている髪の色が違ってない?
「ティナ、お待たせ。赤ちゃん抱いてみる?」
「うん、抱きたい」
ユッテの手を借りて体を起こす。お母さんとアンゼルマさんが二人の赤ちゃんを渡してくれた。
「最初に出てきた子が女の子で、あとから出てきたのが男の子だったよ」
私は二人の赤ちゃんを両手で抱いている。右手には私と同じ金髪の女の子、最初に出てきたのならこの子がお姉ちゃんだ。左手にはアレンと同じ赤い髪を持った男の子、こっちは弟クンだね。そっか、性別が違うってことは二卵性双生児ってやつかな。
「ティナ様、外に旦那様とアレン様がおられるようなのですが……」
泣き疲れたのか眠りについた二人を見ていたら、ユッテが教えてくれた。
赤ちゃんの産声を聞いて……いや、さすがにここの声は食堂まで届かないよ。
ふふ、二人とも呼びに行くまで待っててって言われていたはずなのに……仕方がないな。
お母さんとアンネさんを見るとうんと頷いてくれた。
「入ってもらって、二人にも見てもらおう」
私の大事な子供たちを……
「ティナ! 大丈夫だった?」
ドアが開けられた途端、アレンが飛び込んできた。
「うん、無事生まれたよ」
子供たちは私の隣ですやすやと寝ている。
「双子だったんだ……あれ? どうして髪の色が違うの?」
アレンは私のベッドのすぐ横に立ち、子供たちの姿を覗き込んでいる。
子供たちは寒くないようにおくるみに包まれていて体は隠されているけど、顔から上は見ることができる。
普通双子だと似ていると思うもんね。髪の色が違ったらなんで? ってなるよ。
「こっちがお姉ちゃん、こっちが弟クンだよ」
「そっか、女の子と男の子なんだ……抱いていいかな」
「もちろん。あ、首が座ってないから……」
心配しなくてもアレンは優しく子供たちを一人ずつ抱き上げてくれた。
「二人とも可愛い。ティナ、ご苦労様でした。それにしても、いきなり二人のお父さんになるとは思わなかった。へへ、嬉しいな」
アレンの表情も優しく、喜びに包まれているように見える。
「二人かなって思ってはいたけど、ほんとに二人出てきたから私もびっくりだよ」
ひとしきり笑い、あたりに穏やかな時間が流れる。
「ティナ、大変だったね。そろそろ私にも抱かせてもらえないだろうか……」
横で私たちの様子をじっと見ていたお父さんが遠慮がちに言ってきた。
もう、我慢できなかったんだろう。
「もちろんいいよ。おじいちゃん」
「おお、アメリー見てくれ。この子、目元とか私によく似ているだろう」
お父さんはお姉ちゃんを抱きかかえお母さんに見せている。
「はいはい、わかってますから。大きな声を出さないでくださいね。この子たちが起きてしまいますよ」
お母さんは弟クンを胸に抱き、にこやかに微笑んでいる。
こんなにみんなに思われてこの子たちは幸せだよ。
「ねえ、アレン……アレン?」
アレンの様子がおかしい。顔が赤くない?
同じようにアレンがおかしいことに気付いたアンネさんが、アレンの頭に手をあてている。
「あ、アレン様、お熱がありますよ」
「ね、熱!? だ、大丈夫?」
「アレン、風邪をひいたかい?」
子供たちを抱えているお父さんたちも心配そうに見ている。
「風邪かな……ごめんね。子供たちにうつしたら悪いから、ボク休んでくるよ」
「あ、僕がお部屋までお連れします」
アレンはエディと一緒に部屋を出て行った。
「大丈夫かな……」
「大丈夫! きっと、赤ちゃんが生まれてホッとしたんですよ。ほら、あなた。私たちもそろそろ行きますよ。ティナを休ませないと……大変な仕事を済ませたばかりですからね。ティナ、アレンのことは私たちが様子を見ておきますから、心配しないで休んでいなさい」
「そうだな。それじゃ、私たちは行くからゆっくりと休むんだよ」
お父さんとお母さんはアンネさんとユッテを残して部屋を出て行った。
「ティナ様、赤ちゃんはすぐ横に寝かせておきます。私たちのどちらかがここにいますので、しばらくお休みください」
「眠れないかも……」
アレンの様子が気になるよ……
「ティナ様! あなたはこの子たちのお母さんですよ! すぐにお腹が減ったと泣きだします。その時に眠たいからと言ってあなたが寝てしまったらどうするんですか。眠れるうちに寝て、体力を温存しておくことも母親の務めですよ!」
そうだ。私はこの子たちの母親だ。今はこの子たちのことを第一に考えなきゃ。
「アレン様のことについてはこの家の誰もが気にかけております。何かあったらすぐに報せが参りますので、今はご自身と赤ちゃんのことだけお考え下さい」
「それじゃ、そうさせてもらうね」
私はすぐ横に可愛い寝息を二つ聞きながら眠りについた。
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