第139話 よっこいしょっと……ふぅー

 馬車はゆっくりと田舎道を進む。


「寒くない?」


 前方の窓を開け、御者台のユッテに声を掛ける。


「私は厚着してますから平気です。それよりも早く窓を閉めてください。ティナ様が風邪をひかれたら大変」


「うん、ごめんね」


「何を言っているんですか、大事な時期なのですから当然です」


 私は窓を閉め、座りなおす。


 ふぅー、馬車は楽だけど、馬に乗れないのは退屈だな……







 ルカの酒造所に着いたのは予定通りの時間。今日は月に一度、領内の若い女性が集まっての女子会の日。


「ティナ様、私をしっかりと掴んでいてくださいね」


「ティナ、ここ! 足元気を付けてね」


「ありがとう二人とも」


 ユッテとクリスタの手を借りて、会場となっているルカの家の広間に向かう。

 この家は古い造りだからあちこちに段差があって、足元が見えにくい私は特に気を付けないといけないのだ。


 中にはすでにたくさんの女の子が集まっていて、私の姿を見つけたルカが手招きして呼んでくれた。


「ティナはこの椅子に座って」


 ルカの隣には背の低い椅子が一脚置いてあった。妊娠後期に入りお腹が目立つようになった私のために用意してくれたものだ。一応みんなと同じように敷物の上に直接座ることもできるんだけど、このお腹だと立ち上がる時に苦労するんだ。


「よっこいしょっと……ふぅー」


「またおっきくなってない? すごいね、触っていい?」


 ルカは返事を待たずにお腹をさすってきた。


「うん、動くのも大変なんだ」


 妊娠がわかってからもこの会合には欠かさず参加してきたけど、来月は休まないといけないと思う。出産の予定月に入るからね。


「この時期にこの大きさは双子かな?」


 ルカは『うぉ、重たい』と言いながら私のお腹を持ち上げようとする。


「見る人みんなそう言うよ。今みたいに誰か支えてくれたらって思うよ」


 これまで妊婦さんをじっくり見たことなかったけど、このお腹は確かに大きくて重たい……ほんとに二人いてもおかしくないと思う。地球のように生まれる前にお腹の中の様子がわかるといいんだけどね。


「今日は休むかなって思っていたけど来てくれたんだ。まだ大丈夫なの?」


「うん、いまはまだ動いた方がいいんだって」


 五人の子供がいるベテランお母さんのアンネさんによると、無理したらダメだけど少し動いていた方がお産が軽くなるって言っていた。


「そっかー、来月にはとうとうティナもお母さんか……うぅー、みんなどんどん結婚していってるのに、私はまだ相手さえ……」


「ほ、ほら俯いてちゃダメだよ。今たくさんの人がメルギルに来ているからさ、ルカにもすぐに見つかるって。そうだ、この前ここに若い子が入ってたじゃない。その子はどうなの?」


 ルカの酒造所ではお酢を作り始めたし、陸で熟成させるためのお酒を増産することになったので職人さんを数人増やしたって言っていた。その中にギーセン領から来た若い男の子がいたのだ。パッと見た感じではルカのタイプのようだったんだけど……


「んー、一応付き合ってる子はいないって言っていたよ」


 ほほー、この口ぶりは本気で狙いにいってるな。


「健闘を祈る」


「あはは、なにそれ。そうだ、忘れないうちに聞いておくよ。ティナのところにうちからの申し出は届いてる?」


「うん、田んぼを増やすんでしょう。アレンが言ってたよ、ここの近くで用水路の水が余裕がある場所を探しているからちょっと待っててって」


 街道の整備や交易の開始によってメルギルの人口が増えていて、田んぼや畑を増やしたいという申請がいくつか来ているのだ。用水路の整備も進めているけどもう少し時間がかかるから、うまく配置できないかアレンとレオンさんとエディで検討中なんだよね。


「ごめんね、忙しいのにめんどくさいこと頼んじゃって」


「いいのいいの、気にしないで。こちらから頼んでお酒を増産してもらってんだから協力するよ」


 ルカのところがアレンの提案を受けて、陸でもお酒の熟成を始めることになった。そのための蔵の用地はしばらくの間格安で貸すことになったんだけど、お酒の増産のためにはお米がないと始まらない。最初はメルギルで作られているお米の一部を回そうかと思っていたら、思いのほか移住者が増えちゃってそれもできなくなったんだ。



 それにしても、ほんの一年たらずの間にメルギルは大きく変わったよ。

 クルの元を王都で売るために王都にいる家宰のアルバンさんに頼んで、奥さんの実家のグランメル商会で扱ってもらうことになった。グランメルさんのところでは王都のお祭りに合わせてクルの実演販売をやったらしく、最初にお願いしていた量が一瞬で売れてしまったみたい。すぐに追加の注文が入ったんだけど、こっちでは作業場が立ち上がったばかりで材料はあっても人が足りない。そこでグランメルさんにお願いしてメルギルで働いてくれる人を募集したら、思った以上に集まってくれた。

 その人たちがここまで来てくれた理由は、ここに来れば美味しい料理がお腹いっぱい食べられるからだって。となると、食べれませんでしたとなったら、せっかく来てくれた人たちが帰っちゃうから、今メルギルではいろんな所で絶賛増産中なのだ。


「増産と言えば街道の整備はどうなの? ちゃんと運べるのかな?」


「とりあえずデコボコ道をならすのはかなり進んでいるって言ってたから、馬車が跳ねて大変ということは無くなっているはずだよ」


 今はまだ砂利を敷いてないから雨が降ったらぬかるんでしまう場所もあるけど、道自体をある程度固めているので走れないということは無くなったって聞いている。


「お、それじゃ、仕込みを増やした分の新酒は王都に持って行けそうだね」


「うん、グランメルさんのところでも扱いたいって言っていたから運んだ分はさばいてくれるよ」


「冬に仕込んだ分がもうちょっとで出荷できるから、早速頼むことにするよ。でも、そういうことなら今度からもっと仕込みの量を増やしてもよさそうだね。ただ、そうなると職人が足りないか……育てるのに時間がかかるからあと四、五人くらい追加で雇った方がいいかも。お父さんたちに話してみるよ」


「決まったら言ってね。王都で募集掛けるから」


 メルギルは人手不足だから、王都やほかの貴族領にお願いしないと人が集まらないんだよね。


「お、ヒルデも来たね」


 入り口を見るとヒルデがこっちに向かって手を振っている。この前、人を雇ったって言っていたから早めに出てこれたんだろう。


「それじゃ、みんな揃ったようだから始めるよ」


 いつものようにルカの一声で今月の女子会が始まった。

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