第137話 年を取ると涙腺が緩んでいかんな

 春になって、アレンの養子お試し期間が終わりに近づいたある日、お父さんはアレンと二人で話をしたらしい。


「ティナ、先ほどアレンと話をしたが、このままうちの養子として迎い入れることに決まったよ」


 執務室に呼ばれた私はそのことを聞かされた。

 心配はしてなかったけど、ホッとしたよ。


「それで、すぐにでも二人の結婚の準備をしたいのだか、ティナの方も構わないかい?」


 もちろん返事はOKだ。


「ふふ、いよいよ私もおじいちゃんか。よし、これから忙しくなるぞ!」


 お父さんは私を置いて執務室から出て行った。


「おじいちゃんって……お父さん、気が早いよ」


 結婚か……今、私は18才。地球にいたらこの年齢で結婚しようとは思わなかっただろう。

 この世界で目覚めた時、体が全く動かないし名前は違うしで訳が分からなかったけど、すぐそばにデュークがいてずっと私を支えてくれた。そして王都に行ってデュークが私と同じように眠りっぱなしだったアレンさんと一つになって、メルギルでそのアレンさんと結婚することになる。ほんと人生何があるかわからないよ。


「さあ、私も準備に取り掛かろう!」


 ふふ、お父さんじゃないけど、忙しくなりそうだね。







 自分の部屋に戻り、エリス、ユッテとこれからのことについて話をする。


「こちらには教会が無いのでしたね」


「うん、エリス。メルギルの人たちは結婚の時も神様の前で宣誓しないみたい」


 メルギルには宗教らしい宗教は存在しない。だからと言って無宗教かというとそうではなく、至る所、それこそあちらこちらに神様がいて、その神様に対して敬意を示すのだ。例えば田植えの前には田の神様にお祈りしたり、漁に出る前は海の神様に捧げ物をしたりとかね。


「それではどうやっているのでしょう?」


「ルカたちに聞いたら、嫁ぐ先の一族の長の前で決められた作法にのっとって同じお酒を酌み交わすことで成立するんだって」


 女の人が男の人の家に入るときは男の人の家の一族の長が、男の人が女の人の家に入るときは女の人の家の一族の長が教会の人の代わりってことだね。ただ、お酒を酌み交わすっていうのがメルギルらしい。


「ティナ様はどうされるのですか?」


「こっちのやり方に合わせるよ。私はもうメルギルの人間だもん」


「メルギル式ですね。私もそうしようかな。きっとこちらの方のところにお嫁に行くことになると思いますし」


 ユッテは結婚してもお屋敷で勤めてくれるつもりみたいだから、お相手もメルギルの人を探すつもりなんだろう。


「ティナ様、メルギル式だと参列者はどうなるのですか?」


「だいたい受け入れ先の親族だけでやって、友達からは後日お祝いされるみたいね」


「それでは、招待状を出す必要はなさそうですね。あと、お召し物は――」


 ふぅー、決め事が多いよ。人生の一大事だから、間違いがあったら嫌だもんね。







 それから数日が過ぎ、アレンのお試し期間が終わり正式にカペル家の養子となった日、お屋敷の中は喧噪けんそうに包まれていた。


「ほら、ティナ様急いで。アレン様がお待ちですよ」


「わかってるけど、この衣装が重くて……」


 せっかくだから衣装もメルギル式にしようと考えたのが間違いだった。

 普段こちらの人たちの服は南国らしく薄手の物が多いんだけど、結婚式の時だけは色鮮やかな生地に刺繍をふんだんに入れたものを着ていると聞いて、興味がわかないわけはないだろう。どっちみち作る暇がないから見るだけと思ってルカに聞いてみたら、この衣装は結婚式の時にしか着ないから貸衣装があるとか……それでつい見に行ってしまったら、あれよあれよという間に借りることになっちゃって……


「すごくお似合いです。せっかくお召しになられたのですから、アレン様にご覧いただかないともったいないですよ」


 そうなんだよね、頑張って着たんだから見てもらいたいよ。


 エリスとユッテの二人に手を借りながら何とか食堂に向かう。扉を開けると景色が違っていて、いつも食事をしている中央の大きなテーブルは片付けられ、その場所には鮮やかな色合いの厚手の敷物が敷いてあった。そして、その敷物の上には黒をベースとしたメルギルの礼服を身に付けたアレンと、神妙な面持ちのお父さんが向かい合わせに座っていた。


「ティナ様、こちらへ」


 レオンさんの指示に従いアレンの隣に座る。


「ティナ、それ、すごいね。でも、よく似合っている。きれいだよ」


 アレンは私のハレの衣装を上から下までじっと見てくれる。


「ありがとう。アレンもカッコいいよ」


 二人で笑顔を交わし、前に座るお父さんを見る。

 これからが本番だ。すぐにお父さんから言葉がかかって……


「…………」


「お父さん?」


 お父さんは下を向いて黙っている。あれ、段取りを忘れちゃったかな。練習したはずなのに……


「ほら、あなた」


 横で様子を見ていたお母さんがお父さんのそばまで来て肩を叩く。


「す、すまん。一時はもう目を覚ますこともないと諦めていたティナが……婿を迎える日が来るなんて……わ、私は……うっ、うぅ……」


 あーあ、泣き出しちゃったよ。


「仕方がないわね。お父さんを落ち着かせてくるから、あなたたち少し待ってなさい」


 そう言って、お母さんはお父さんを連れ出してしまった。


「こういうのって、テレビの中だけかと思ってた」


「あはは、ほんとだね。でもお義父さんも、それだけティナのことを大事に思っているんだよ」


「うん」


「……ところでさ、見た時から気になっていたんだけど、それ重くないの?」


「重い……ほら、生地も厚いうえに、この刺繡を見て! こんなに太い糸で編み込んでいるんだよ。すっごくきれいなんだけど、こんなに重くなるとは思ってなかったよ」


 アレンは私の隣に座って優しい顔で頷いてくれる。

 なんだか嬉しいな、こういうの。

 誰かわからないけど私をこの世界に連れてきてくれて、アレン……デュークと引き合わせてくれたことに感謝します。私、幸せになるね。


「お待たせ。ほらあなた、そんなところで立ち止まらないで、二人が待ってますよ!」


 お母さんがお父さんを連れて戻ってきた。


「すまん、年を取ると涙腺が緩んでいかんな」


 年って、お父さんはまだ40代半ばなのにね。


「さあ、始めようか」


 その後、式も滞りなく終わり、私はアレンと夫婦になった。

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