第135話 大丈夫、あとで時間は取ってあるから
1の月の中旬、新年の行事があらかた終わった頃、沖合に軍艦が現れたとの知らせが入った。
「あの船は……」
「うん、さすがはハンス船長。予定通り」
確認のためメルギルの湾を一望できる岬(以前クリスタの仲間が魚影を探したところ)に向かった私とアレンはその姿を確認した。先頭でこちらに向かっている船は、私とエリス(それにデューク)がカチヤを開放した時に乗った船に間違いない。
「早速エリスに教えよう。きっと喜ぶよ」
私たちは急いで屋敷に戻ることにした。
お屋敷に戻った私は、エリスとユッテに見てきた様子を知らせる。『そうですか』と、エリスはいつものようにつれない感じだけど、クライブに会えるのがたのしみなんだよね。ちょっと口角が上がっているもの。
「アレンがお父さんと一緒に出迎えに行っているんだ。たぶん、ハンス船長とクライブがお屋敷に泊まることになると思うから、予定通り準備を進めるよ。二人ともよろしくね」
「「はい」」
今回の海軍の寄港は演習の予定に入っているものではないから、たぶん明日には出航するんじゃないかと思う。
今日は領主への挨拶という名目で艦隊代表のハンス船長と王族のクライブが来てくれることになるはずなので、そのおもてなしをしようというわけだ。
「ティナ様、前菜はこちらでしたよね、それなら付け合わせはこれでしょうか?」
私たちは食堂で他のメイドたちと一緒に夕食に出す食器の用意をしている。
「うん、前菜は青物野菜が中心だからそれでいいよ。付け合わせは……白っぽいからこっちの方がよくないかな」
「あ、そうか、付け合わせと言ったらあれですもんね」
お母さんが厨房の指揮を取っているので私が食事の時に使う食器の担当を任されているんだけど、料理の色合いと合わせないといけないからなかなか大変だよ。
「ティナ様、クライブ殿下ってアレン様に似ておられるのですか?」
そうかユッテはクライブに会うのは初めてなんだ。あれ、他のみんなも興味があるのかな、こっちを気にしているっぽい。まあ普通なら、会うこともできない雲の上の人だもんね。
「もちろん外見は似ているし、性格も近いかな」
とはいえ違いは当然あって、アレンは長男なのだからか真面目に物事を進めようとするけど、次男のクライブはうまく手を抜くことができるって感じかな。
「それでは、気難しいお方ということは無いのですよね?」
「無いない、それは無いよ。遠慮なく声を掛けてあげてね」
みんなそんな畏れ多いことできませんだって。アレンがここに来た時も最初はそんな感じだったし、仕方がないか。
「ティナ様ー、旦那様とアレン様がお戻りのようです!」
ちょうど準備が終わった頃、エディが食堂に飛び込んできた。
「それじゃ、みんな玄関に集まってお出迎えするよ」
「クライブ殿下、ご無沙汰しております。この度は遠くまでようこそおいでくださいました」
厨房にいて手が外せないお母さんに変わり、お屋敷を代表して私がクライブ殿下に挨拶をする。
「このように出迎えてもらい……って、この
「ご下命とあれば……って、あはは、元気そうだね。クライブ殿下もハンス船長もどうぞ中に入ってください。お父さん、アレンそれでいい?」
二人もうんと頷いてくれたので、みんなをお屋敷の中に案内する。
「ハンス船長、お元気そうで何よりです。メルギルはいかがでしたか?」
まずは二人を応接室に案内し、情報交換を行う。領主として大切な仕事だからね。
「嬢ちゃんも元気そうで何より、ここの湾は結構近場まで深くていいな、漁師たちが案内してくれたから、安全に停船できたぜ」
クリスタたちがやってくれたんだ。
「ボクはここに軍艦も停船できる港を作ろうと思っているんです。その時は船長も使ってくれますか?」
「おぉー、それは願ったりだ。使うどころか常駐させたいくらいだぜ」
ハンス船長によるとこことカチヤに軍艦を配備できたら、教皇国への備えも万全になるって言っていた。
「ただ、ボクたちには技術が足りなくて……」
「わかったよ。必要になったら言ってくれ、技師を派遣してやる」
ふふ、これであとは場所の選定と費用だね。
「それと、海軍で買って欲しいものがあるのですが……」
アレンはハンス船長に交渉を挑むようだ。
「……聞くのが怖い気がするが、まずは言ってみろ」
アレンは船長にお母さんと開発したクルの元を買って欲しいと頼んだ。
「何? 本当か? でもそれは、いずれ王都でも買えるようになるんだろう?」
「王都で買えるのは一般向け、海軍向けには特別な材料を入れているから別物だと思ってください」
特別な……初めて聞く話だ。これってもしかしてあれかな。この前ヒルデのところに行ってから、こそこそとしていたようだけどそれと関係あるのかな。
「とりあえず、見るまでは何とも言えんな」
「今日準備してますから、それで確認してください」
「そうさせてもらう……しかし、アレン。ほんのちょっとの間にしっかりしてきたな。カペル卿も心強いでしょう」
「はい船長。アレンが来てくれて、私はいつ隠居してもいい気になっています」
「伯爵も隠居って年じゃねえだろうに……そうだアレン、まだ、嬢ちゃんとは一緒になれねえんだろう」
「あと三か月ちょっとです」
アレンがカペル家に来てもう少しで三か月になる。六か月のお試し期間が過ぎないと本当の養子になれないから、私との結婚もできないんだよね。
「そうかい、カペル卿は孫の顔を見るまでは頑張らねえといけねえな」
「ええ、でもすぐに見せてくれると思っています。ところで船長――」
お父さんとハンス船長で世間話が始まってしまった。
「ねえ、ティナ。エリスはずっとあんななの?」
手持無沙汰になったクライブが、体を近づけこっそりと聞いてきた。
当のエリスは私の後ろに立ってスンとしている。
「私がアレンと結婚するまでは私のメイドだって」
「へぇー、この感じも懐かしいね。でも仕事中ならあまり話せないかな……」
「大丈夫、あとで時間は取ってあるから」
せっかくなら二人でゆっくりと話してもらいたいよね。
コン! コン!
「失礼いたします。旦那様、準備が整いました」
「おお、レオンありがとう。さて、クライブ様、ハンス船長お待たせいたしました食事の用意ができたようです。ご案内いたします、さあ、こちらへ」
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