第134話 口の中がカーッとなったんだけど
「みんなこっちに来たかな」
発酵部屋の奥の扉を置けると、そこは薄暗い廊下だった。
「うん、ちゃんといるよ」
アレンもエリスもユッテもエディもいる。今日ここに来た全員が揃っている。
「それじゃ、扉をしっかり閉めてっと」
ルカは扉がキチンとしまっているか確認し、廊下を奥に進み、隣の扉の前へと移動した。
「いい、開けるよ」
ルカがなぜそんなことを言うのかわからないままとりあえず身構えていると、扉が開けられた瞬間その意味がわかった。
「
部屋の中から熱気が押し寄せてきたのだ。
「さあ、みんな入って」
「えっ! 暑くない? 平気なの?」
「大丈夫だから、ほら、早く!」
私たちは慌ててルカのあとに続き、みんながドアを通った後、ルカはすぐさまドアを閉めた。
「ごめんね。蒸留中はこの部屋の温度が高いでしょう。さっきの発酵部屋の温度を一定に保つために、この扉をすぐに閉めないといけないんだ」
そうか、ここのドアを開けていると廊下に熱が伝わって、その先の発酵部屋の温度まで上がってしまうことがあるんだ。
しかし、それにしても暑い。前の部屋では
「ルカ、上着を脱いでもいいかな?」
「もちろん。しばらくここにいるから、みんなも無理しないでね」
部屋の中央にある釜では
「さっきの発酵部屋で出来たお酒の元をこの中に入れていて、それを沸騰させているの」
ルカはお酒を蒸留させる装置の前で仕組みを教えてくれる。
釜の下には数人の男の人がいて、時々中の様子を見ながら薪の量を調整しているようだ。
「沸騰させてどうするの?」
「釜の上に管がついてるよね。蒸気がそこを上ってこっち側に来て……」
管はある程度上に行ったところから横に曲がっていて、途中から水槽の中を通りさらにその先には釜の大きさよりも小さな甕が置いてあった。
「冷えた液体がお酒になるんだね」
「アレン様、その通りです。まあ、実際はこれをろ過して数か月寝かせる必要があるんですけどね」
へぇー、そうなんだ。
「あのー、ルカさん。沸騰させたものを冷やしたら結局同じものになるのではないですか? 管に抜け道も無いようですし」
そういえばそうだ、エリスの言う通り沸騰した蒸気を冷やしたら同じ液体になったんじゃなかったかな。
「ふふー、それがそうはならないんだよ。私たちはお酒の元をもっと濃くしたくて蒸留をするんだけど、そのためには――」
えーと、ルカの話が長くなっちゃったから簡単に説明すると、お酒の成分である酒精と水とでは沸騰する温度が違ってて、薪の量を調整することで酒精は沸騰するけど水は沸騰しない温度に保つことで酒精だけを分離しているんだって。
「それでも、一部の水は一緒に沸騰しちゃうし、酒精以外の他の成分も入っちゃうんだけど、それがお酒を美味しくしてくれるんだよね」
ルカは鼻高々だ。
「それでは、出来上がるまでどんな味になるのかわからないのでは?」
きっちりしているのが好きなエリスには気になるよね。
「うん、それが面白いんだ。その年の米の出来具合で甘みが違ったり、仕込むときの気温でも変わって来るし、同じものができることなんてないよ」
「失敗したときはどうするの?」
ルカからは仕込みは一年のうちこの時期にしかしていないって聞いている。もし失敗したら、どうするんだろう。
「ある程度は経験で何とかなるんだけど、それだけでは怖いから、発酵部屋でたくさんの甕を見たでしょう。それぞれ
ルカによると、その甕も甕ごとに菌を付ける日を変えたりしているんだって。
「た、大変な作業だね」
「うん、この時期は忙しくてほんと大変。でも、うちのお酒を楽しみにしてくれている人がいるから頑張れるんだ」
ルカは誇らしげに言った。
「そんな大変な時期にお邪魔してよかったの?」
もし、領主の命令だから仕方なくだとしたら申し訳ない。
「ねえ、ティナ。私、ティナがご領主さまの娘でよかったって言ったことがあったよね。あれっておべっかでも何でもなく本心なんだ。これまでのご領主さまは私たちが何をしているかなんて気にすることなく、ただお金を取っていき、払えないときは代わりに女の人を連れて行くだけだった。それから支配する人が王家の人に変わって理不尽なことは無くなったけど、私たちのことまで気にしてくれることは無かったよ。でも、ティナたちは違った。私たちともすぐに仲良くなってくれて、そしてどうやって生活しているのかを知ろうとしてくれている。この前クリスタのところにも行ってくれたでしょう。そしてヒルデも今度来てくれることになっているんだーって喜んでいたよ。私もね、今日ティナが来てくれて本当に嬉しいの。だから、心行くまで見て行って、そして私たちのことを知ってほしい」
ルカの言葉に私も胸が熱くなる。
「うん、私もみんなのことがもっと知りたい」
私もアレンも半人前の領主見習いだから、みんなのことをちゃんと知っとかないとやるべきことがわからないんだ。
「というわけで、これが今日出来たての原酒です。せっかくなので飲んでいってね。あ、エディくんはお茶で我慢して、未来のご領主さまが見ているから」
一通りお酒の製造過程の見学を終えた私たちは、以前女子会をしたルカの家の居間で一休みしている。
「んんん? なんだろ、ちょっと焦げっぽい感じがする。それに濃くない? 飲んだ瞬間、口の中がカーッとなったんだけど」
「んー、焦げた感じがする? もしかしたら釜を直接火で
も、燃える……確かにそんなものを売ってもらうわけにはいかない。
「これはこれでありかもしれないけど、やっぱり熟成させた方がおいしいね。ルカちゃん、今日は本当にありがとう。参考になったよ。それで、やっぱり増産するのは難しいのかな?」
「アレン様、新酒は仕込む量を増やしさえすればいいんですけど、熟成酒は以前お話した通り寝かせる場所が限られているので難しいです」
ルカのところのお酒は数年寝かせた方がおいしくなるんだけど、その寝かせる場所は海の中だって言っていた。海底の地形や潮の流れがあるからどこにでも置けるというわけではないらしい。
「陸の上で寝かしたものは美味しくならないの?」
「そんなことは無いのですが、海に置くのに比べて時間がかかるし味も少し落ちますね」
「なるほど……ボクね、新酒だけじゃなくて寝かせたお酒も他の場所で飲んでもらいたいんだ。そこで考えたんだけど、海で寝かせたものはメルギルだけで販売して、陸で寝かせたものを王都や他の貴族領で売って行くのはどうだろう。ルカちゃんのところでやってくれるなら、できる限りのことはさせてもらうよ」
「陸の分は別に……わかりました。今年はお酒用の米の残りがあまり無いので新たに仕込むのは難しいですが、来年からできないかお父さんたちと話し合ってみます」
お屋敷への帰り道、アレンに今日のことについて聞いてみた。
「ルカちゃんのところのお酒は、たぶん陸で寝かせたとしても美味しいと思うんだよね。王都やほかの町の人たちが一度それを口にして、さらにおいしいものがここにあるってなったらどうだろう。みんな来てくれないかな」
「メルギルに? ……なんか来てくれそうな気がする」
「ね。もしここまで来てくれたら、クリスタちゃんのところの獲れたての魚だって食べてもらえるし、街道の途中に作る予定の宿屋の人もお客さんが増えて喜んでくれるはずなんだ」
「でも、アレン。みんなに来てもらうには道を良くしないといけないよ」
ギーセンさんは王都からドーリスまでの間の道を整備している。ドーリスからメルギルまでの区間はカペル家がしないといけないんだけど、まだ手を付けることができていない。
「そうなんだよね。道を早く作らないとせっかくの機会を逃しちゃう…………ふふ、そうだ、今度クライブが海軍の人たちを連れて来てくれるから、ちょっと交渉してみようかな」
アレンはにやりと笑った。
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