第133話 あらら、エディ、お水飲む?

「みんないい? 出発するよ」


 山から吹き下ろされる風が冷たくなり畑に霜が降り始める頃、朝の馬の世話を終わらせた私たちはそのままルカの家まで向かう。今年のお酒の仕込みをやると連絡があったのだ。

 今日、お邪魔するのは私の他にアレンとエリス、ユッテにエディの五人。それぞれがお気に入りの馬に乗っての移動だ。


「僕、ルカさんのところ初めてです」


「あれ? そうだっけ」


 そういえばルカのところに行くときは女子会が多かったから、エディを連れて行ったことは無いかも。


「ボクも最初にメルギルに来た時だけ、ティナは絶対にボクを連れて行ってくれないんだよ」


 絶対というわけじゃないんだけどねぇ。


「たとえアレン様と言えども、女性だけの集まりにご参加いただくことはできません。殿方がいないところでしか話せないこともあるのです。諦めてください」


「クライブが頼んでも?」


「もちろん! と言いたいところですが、むしろお呼びしてこちらから言いたいことを言いまくるというのも面白いかもしれませんね。アレン様もご一緒されます?」


「い、いや、遠慮しておくよ」


 あはは、あの中に男の人がいたら大変なんじゃないかな。女の子が集まったらいつもとパワーが全然違うんだよね。


「ところでティナ様、今日は私たちもお手伝いするのでしょうか?」


「うーん、なんだか作業が繊細みたいで、見るだけって言ってたんだよね」


「そうなのですね。でも、どうやって作っているのかわからないので楽しみです」


 もし手伝えたら楽しいんだろうけど、お酒をダメにしちゃったら申し訳ないもんね。






「ティナ、アレン様、それにみんなもいらっしゃい」


 酒造所に着くとルカが出迎えてくれた。


「みんなで押しかけて来ちゃった」


「いいのいいの、でも本当はしばらく前から仕込みは始まっていたんだよね。ごめんね、呼べなくて」


 そうだったんだ。


「それはいいんだけど、やっぱり作り方が秘密だったりするのかな?」


「まあ、それもあると言えばあるんだけど、菌がね……なかなか大変なんだ」


「菌?」


「うん、うちのお酒って米で作っているでしょう。蒸したお米に菌をまぶすんだけど、その時にうまく菌がつかないとお酒にならないの。ちょっとしたことでダメになるから作業中はみんな神経質になっているんだよね」


 ルカは頭に手でツノを生やす仕草をした。

 よかった。そんなとこを見せられたらこっちが緊張しちゃって大変だよ。


「えっと、それじゃ、その菌はうまくついたんですか?」


「お、君は初めてだね。名前を教えてくれるかな」


「え、エドモンドです」


「エドモンド……あ、この子がエディくんか。へぇ、可愛らしい。どう、私のところに来ない?」


 あはは、ルカったらまた始まっちゃった。


「ルカ、エディはカペル家の大事な使用人なのですから、ちょっかいを掛けないでください」


 ユッテはルカの前に立って、エディを守ろうとする。


「ちぇ、残念。えーと何だっけ……菌か! うまく付いたよ。今日はそれを発酵させたものの蒸留を始めているからそれを見てもらいたいんだ」


 おー、それは楽しみだ。








「す、すごいです、ティナ様。ブクブク、音がしています!」


 かめの中には液体状の灰色のつぶつぶしたものが入っていて、その間から泡が出ていた。


「温めているわけでもないんでしょう? それに、なんだか甘い匂いもするよ」


「うん、火にかけてもないし、今はまだすこし甘いかもね。飲んでみる?」


 ルカは甕の中の液体を柄杓ひしゃくすくって、私たちに飲ませてくれた。


「あっ、温かい。それにほんのり甘いですね」


「ちょっとだけお酒っぽいかも」


「これなら僕でも飲めそうです」


 三人とも好評なようだ。

 私はこれがあの美味しいお酒になるっていうのが、まだ信じられないよ。


「ねえ、ルカちゃん。これって酸味があるんだけど、いつもこんな感じなの?」


 酸味……そういえばそうかも、もしかして失敗作?


「よく気付いたね。うちの酒は酸味が特徴なの。これがないとあの味が出ないんだ」


 失敗じゃなくてよかった。


「酢は作ってないの?」


 お酢?


「え、作ってないよ。……そういえば、この後の処理を変えたらお酢になるって聞いたことあるかも」


「うん、ボクもこれを飲んだとき、王都で見た本の中に書いてあったのを思い出したんだ。この味ならお酢も美味しくなるんじゃないかって」


「一度父さんに話して試してみようかな。母さんは魚を揚げたものの酢漬けが好きなんだよね」


 魚を揚げたものの酢漬け……聞いただけでよだれが出そう。


「そ、それ、私も食べたい」


「あはは、わかった。酢をうまく作れたらティナのところにも持って行ってあげるよ。魚はクリスタに頼んで作ってみて。作り方は教えるからさ」


「うん、楽しみにしておくね」


「あとは……こっちの甕も見てみる?」


 ルカが見せてくれた甕の中はほとんど泡が立ってなかった。


「こっちは静かだね、どうして?」


「このあたりの甕は、ちょっと早く作っているんだ。これも飲んでみる?」


 さっきと同じようにみんなで試飲させてもらう。


「あれ? ほとんどお酒……あっ! エディ、飲んだらダメ!」


「ティナ様、遅いですー。少し飲んじゃいました……」


「あらら、エディ、お水飲む?」


 エディはルカから水を受け取りごくごくと飲み干している。子供のころから馬のお乳で作ったお酒を飲んでたみたいだけど、強いってわけじゃないみたい。


「ごめんごめん。そうか、エディくんは本当はまだ飲んだらダメな年なんだ。みんな領主さまには内緒にしててね」


 ルカったら最初からわかってやったな。まあ、これくらいでお父さんも怒ったりしないからいいけどね。


「ところでルカ、これでも十分美味しいですよ。どうして蒸留するんですか?」


 ちょっと話がそれちゃったけど、試飲したものもユッテのいう通り美味しかった。これでも十分に商品になると思う。


「やっぱりこれだと物足りないっていう人が多いんだよ。それに蒸留した方が味が変わっていって面白いんだ」


 そうだった、この前飲ませてもらったお酒は寝かせた年代によって全く味が違っていた。


「それじゃ、そろそろこっちに来てくれる」


 私たちはルカについて隣の部屋に向かった。

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