第132話 ボクにもっと知識があったらよかったのにー
「み、みんな、大丈夫?」
午後の部も終え厨房の後片付けを済ませた後、集会所の広間に行くと疲れ切った表情のアレンたちが座っていた。
「ここまでとは思っていませんでした」
クラウスさんがぽつりと話す。
「エリス、何があったの?」
「ほとんどの人がペンを持つのも初めてのようだったのです……」
ユッテを見るとうんと頷く。
「だから、まずは一人ひとりペンの持ち方から教えていきました」
一人ひとり……
「それでクラウスさん、予定通りに進んだんですか?」
午後から厨房の手伝いに来てくれたクリスタは嬉しそうにしていたけど……
「何とかみんなに名前だけは書けるようになってもらいました」
おー、名前を書けるようになったんだ。
「それじゃ、みんな喜んでいたでしょう。きっと次も来てくれるよね、アレン」
「それはどうかな。次はクルを出さないから半分……下手すりゃ10人も来ないかもしれない」
アレンの言葉にクラウス先生は沈みこんでしまった。
「あ、あのね。ルカが言ったんだけど、食事を出さない代わりに来る人で何か持ち寄って、勉強が終わった後にお茶を飲んでのんびりするのはどうかって」
それでも家のことや仕事が忙しかったりしたら来ないかもしれないけど、やらないよりはましだろうと言うことで次からはそうすることになった。
「やっぱり、仕事が忙しかったら来てくれないよね」
お屋敷への帰り道、私の隣で荷馬車を操るアレンが呟いた。行きは私と一緒だったエリスとユッテは、気を利かせてくれて二人でアレンの馬に乗って後ろからついて来ている。
「うん、特に女の人は家事に時間を取られるから来たくてもこれないと思うんだ」
台所やお風呂で火を使うには薪が必要だし、火を付けるには火打石をカチカチとしないといけない。地球と違って一つ一つの作業に時間がかかるのだ。
「昔、ティナが言ってたことがあるよね。洗濯機が無いと不便だって」
そう、特に洗濯は手間がかかる。料理の場合は人数が倍になったからと言って手間が倍になる訳では無いけど、洗濯の場合は倍になったら手間もほぼ倍になる。それにどの家もたくさん衣服を持っているわけではないので、冬場も寒いからと言って洗濯を休むわけにはいかないのだ。
「うん、こんなことなら洗濯機の仕組みを覚えておけばよかったよ」
「……
「どうやって回すの?」
「洗濯機って確か中に羽根みたいなものがあって、それが回っていたような気がするんだよね」
そういえばそんなものがついていたかもしれない。
「木でそういうのを作って、自分で回したらどうかな」
アレンは手で竹トンボの先を回すような仕草をした。たぶん羽根の中心についた棒が樽の外まで延びていて、そこを回すんだと思うけど……
「それって、洗濯板でゴシゴシするより楽なのかな?」
樽に水と洗濯物を入れたら抵抗がすごくて回すのにかなり力がいるような気がするし、力任せに無理矢理回したら洗濯物が傷んじゃうよ。
「うう、ボクにもっと知識があったらよかったのにー」
アレンが地球で隣に住んでいたお兄ちゃんだとすると、私が八つの時に事故で死んでしまったんだよね。確かお兄ちゃんは二つ上だったから、十歳だったはずだ。料理は好きだったからよくやっていたみたいだけど、さすがに洗濯機の中身に興味はなかったのだろう。
「それは仕方がないよ、私だってこの世界に来るってわかっていたら覚えときたかったけど、急だったもん」
私の場合は16歳のとき学校に行こうとして家を出たら光に包まれて、気が付いたら天蓋付きのベッドの上でティナとして寝ていた。いつも前もって知ってたら準備してたのにって思っている。
「こうなったら、やっぱりメルギルの子供たちに洗濯機を作ってもらおう」
そうそう、自分たちで全部やる必要はないんだもん。
「そのためにもみんなが勉強しやすいようにしていこうね」
領主の私たちは領民のみんなを支えるのが仕事だもんね。
翌日から、クラウスさんにはお屋敷の使用人に勉強を教えてもらうことになった。毎日というわけではなく週に二、三回お屋敷の仕事に影響の出ない範囲ということで。もちろん無理矢理ではなく希望者だけだったけど、それでもたくさんの人が参加してくれるみたい。
そしてその中にはエディもいて、読み書きができる彼には教養とクラウスさんの商館での知識を教えてもらうことにしたんだ。
「エディ、どう? クラウスさんの授業についていけそう?」
「なかなか難しいです。その人がホントの事を言っているかどうかなんて、顔を見ただけではわからないですよー」
そ、そんなことを教えているんだ。というか、それなら私も知りたいかも。でも、クラウスさんはエディに執事として必要な事を教えてくれるつもりなんだね。レオンさんもそろそろ指導を始めるって言っていたし、先が楽しみだよ。
あとは、町の人達が塾に来てくれるかだけど、無理強いはできないから時間をかけてやっていくしかないよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます