第131話 さあみんな、急いで仕上げよう!

 クラウスさんの塾が出来上がるまで、メルギルの街の人たちが使っている集会所を使わせてもらうことになった。


「ねえ、アレン。塾がやっと始められるね。みんな来てくれるかな」


「最初はそんなに来ないんじゃないかな」


 え、そうなの?


「みんな、日々の暮らしが忙しくて勉強どころじゃないと思うんだよね」


「それじゃ、どうして塾をしようと思ったの?」


 人が来ないのなら、塾を開いてもあまり意味がないように思う。


「塾があるということが重要なんだ。いつでも勉強できるところがある。それがあって初めて学ぼうと思う人もいると思うんだ。まあ、集める努力も必要だけどね」


 アレンはそして周りの人が始めたら自分もって言う人が現れると言っていた。確かにそうかもしれない。私だって仲のいい友達から誘われたら、自分も行きたいって思うもんね。


「……誰も来なかったらクラウスさん寂しいよね」


「一応、何も考えていないわけではないんだ。良かったらティナも手伝ってくれるかな」


「もちろん手伝うよ」


 って、何をしたらいいんだろう。






 一週間後の休息日の朝、私たちは集会所に持って行く荷物を荷馬車に積み込んでいる。


「ティナ様、材料の積み込みは終わりました」


「ありがとう、ユッテ。最後にこれを積み込んでっと。それじゃ、行こうか」


 私はエリスとユッテと一緒に荷馬車に乗り、メルギルの街まで向かう。


「ティナ様、お米を積み込んでおられないようですが、よろしかったのですか?」


「それはねエリス、クリスタたちが用意してくれるって」


「クリスタさんに……たくさん集まってしまいそうな気もしますが……」


「たぶん、そうなるだろうね。でも、今日はクルをダシに塾の開設を知らせることが目的だから、たくさん集まってくれた方がいいんだよね」


 アレンの計画は塾を開いただけでは誰も来ないから、ルカやクリスタのような街の若い女の子の間で話題になっているクルを使って、塾の知名度をあげることだった。だから今日は塾に来てくれた人全員にクルを食べてもらって、塾とはこんなものだって体験してもらうことが目的なんだ。


「なるほど、そういうことでしたか。それでは私も腕を振るいますね」


「うん、よろしく。ただ、もしたくさんの人が来てくれたらクラウスさんが大変だと思うんだよね。その時は、二人で塾の方を手伝ってあげてね」


 二人はこちらを見て私たちにできるでしょうかという顔をした。


「大丈夫だって、話すのはクラウスさんがやるんだし、どうしたらわからない人にこうしたらいいですよって言ってあげるだけだからさ」







 集会所に着くと、中の広間にはすでに多くの人たちが集まっていた。


「すごいね」


 入り口で中の様子を見ていたアレンに声を掛ける。


「うん、さっきはまだすごかったんだよ」


 何がすごかったかというと、クラウスさんの車いすにみんなが群がっていたんだって。


「こっちもいいお披露目ができたね」


 車いすがあったら、寝たきりの人でも動くことができるようになるし、クラウスさんのように仕事ができるようになる人も出てくるかもしれない。もし欲しいと言う人がいたら、アルバンさんに頼んで送ってもらうことにしよう。


「ねえ、ティナ。思ったよりも集まっちゃったけど、材料は足りるの?」


 私は室内を見て返事をする。


「結構持ってきているから、この倍でも大丈夫だよ」


「よかった。たくさん来たから、半分は午後に来てって言ったんだよね」


 うお、ほんとにこの倍いるのか……ま、まあ足りるかな。

 この町でクルを食べたことが無かった人も、今日でかなり少なくなるよね。


「そろそろ、授業が始まりそうだね。私はクルの準備に取り掛かるよ」


 みんなにたくさん作らないといけなくなったって伝えなきゃ。






「午後の部もあるんだねー……わかったー、ご飯を二回炊くことにするよー」


「うん、今も結構来てたから多めにしてくれると安心かも」


 集会所の厨房にはルカやヒルデのような、すでに読み書きができる若い女性が集まってくれた。こちらの人手は足りそうだったから、エリスとユッテには最初からクラウスさんのところに行ってもらっている。


「ねえ、ティナ。これを炒めたらいいんだよね」


「うん、火が通るまででいいから」


 ルカは私の隣でお屋敷から持ってきた肉と野菜を炒めはじめた。


「それでクリスタがうちに来て喜んでたんだ。文字を書けるようになれるかもって。それからみんなに連絡して、今日クリスタたちがしっかり勉強できるように協力しようってなったんだ」


「そうなんだ。たくさんいたからびっくりしたよ」


「まあ、クル目当てのも結構いるみたいだけどさ……ティナが領主様の娘でほんとよかったよ」


 ルカは鍋を混ぜながら頭を下げた。


「いいの、いいの。みんなに文字を覚えてもらうのは私たちのためでもあるんだ」


「ティナたちってことは領主様の?」


「うん、みんなが文字を読めるようになったら、伝えたいことを伝えやすくなるからね」


 道路工事や水路清掃の案内はもちろん、今は口伝くちつたえになっている市が立つ日なんかも回覧板とかでまわせるようになる。


「なるほど、今は間違いがないか何人かに聞いて回っていたんだけど、その必要がなくなるってことね」


「うん、せめて一家に一人、読み書きできる人がいるようにしたいんだ」


 これまでは口頭だったから、間違えることもあったらしい。それをできるだけ無くしたいと思っている。


「わかった。今日来てない人にもできるだけここに来るように言っとくよ。それで、食事を毎回出すつもりなの?」


「さすがにそれは厳しいんだ」


 これから道路の工事をしないといけないし、アレンは港の整備も考えていてこれからお金がいくらでも必要になる。今だって、交易がまだ動いてないからカチヤでの貯えを取り崩している状態なんだよね。せめて子供たちの分だけでもと思うんだけど、香辛料が売れるようになってからじゃないとそれも難しい。


「それじゃさ、私たちがお茶会するときのように来る人で何か持ち寄るっていうのはどう?」


 おー、確かにあの時はいろんなお漬物が食べられて楽しかったし、私とユッテで作ったお菓子も好評だった。


「勉強のあとにみんなでわいわいする時間を作るってことだね。それ、いいかも」


「もちろん忙しい人はすぐ帰っちゃうと思うけど、仕事の息抜きが必要な時もあるんだよ」


 仕事の息抜きが勉強か……はは、こっちでは勉強が特別なことだから、そういうことになるのかな。


「クラウスさんに言っておくよ。あ、炒めるのはそれくらいでいいよ。あとは煮てからこれを入れたら完成」


 私はルカにお屋敷から持ってきた鍋を見せた。


「いい匂い……もしかして」


 ルカだけでなく、その場にいた他の子たちも鍋の中を覗き込んでいる。


「そう、アレンとお母さんで作った特製クルの元」


 地球で言うところのカレー粉かな。


「ねえ、ティナ。それを私たちに譲ってくれたりしないかな……」


「どうしても作れない時にはあげてもいいけど、まずはみんなの家で作ってみてよ」


 みんな、ええーって言っているけど、クルの材料のほとんどはメルギルで揃うんだから、各家庭で作った方がいいと思う。そしてもしその中で美味しいものがあったら、アレンが作った物とは別に王都で売ることだって可能なんだよね。


「さあみんな、もうすぐお昼になるから、急いで仕上げよう!」

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