第120話 みんなー、ごめーん、遅くなったー
「このお漬物、香辛料がピリッと効いてて美味しい!」
「そうでしょう。この時期にしか食べられないんだよ」
クリスタの持ってきた漬物は、冬に収穫する根もの野菜の葉っぱ部分を塩もみしたもので、間引いたものを漬けるのでこの時期にしか食べられないらしい。苦みと甘みが共存していてお茶に合う。ちなみにここで飲んでいるお茶は緑茶だ。王都ではお茶というと紅茶だったんだけど、メルギルでは緑茶が主流らしい。
「ティナが作ったお菓子もおいしいよ」
「よかった。お茶請けが漬物だと聞いて心配してたんだ」
「心配? お茶に合ってるよ」
だってここはお酒屋さんだからね。漬物と聞いてお酒が出てくるのかと思って、ちょっとだけ期待していたのは内緒だ。
「ところで、ティナって王都から来たんでしょう。あちらでは何が流行っているの?」
「あ、それはね――」
よかった。最初は緊張したけど、話してみたら簡単だった。そういえば、私も普通の女の子だったのを思い出したよ。離れて座っているユッテの方も楽しそうにしているし、今日は来てよかったかも。せっかくだから色々とこちらのことを聞いてみよう。
「へぇー。クリスタの家でルカのところのお酒を海に入れているんだ」
「うん、昔からうちの家でやってるみたい」
クリスタの家は漁師で、年に一度ルカのところで作ったお酒を海に沈めたり、引き上げたりしてるんだって。気になったから、波や海流の影響がないところに置いているのかって聞いたら、ある程度流れが必要らしくて、ちょうどいいところはなかなか無いらしい。やっぱり限定品を増産するのは大変なのかもしれない。
「ということは、今日はルカのところの仕事と関係している子が集まっているのかな」
「ううん、ルカのところは大きな酒屋だからそういう子もいるけど、今日はお祭りの打ち上げで集まっているんだ」
「お祭り?」
クリスタになんのお祭りかと聞くと、毎年秋に収穫祭をやっていて、その時に着る衣装を若い子で集まって作っているらしい。そして、それを着てみんなで踊るんだって。
「へえ、見てみたかったかも」
「ふっふっふー、ティナはこの会に来たんだから、来年は強制参加だよ!」
「き、強制……が、頑張るね」
お祭りかー、面白そうだからいいけど、私の裁縫の腕前で大丈夫かな。練習しておいた方がいいよね。
「そうだ。クリスタ、私の横は誰か来るのかな?」
この会が始まってそろそろ
「あ、そこはヒルデちゃんが来るんだ。住んでいるところが遠くていつも遅れるんだよね」
へえ、遠くからくる子もいるんだ。
クリスタによるといつも一時間くらい遅れてくるんだって。ということは来るまでにもう少しかかるみたい。
「ねえティナ、ちょっといい?」
それからしばらく他の子にもどんなことをしているのか聞いていたら、突然ルカから声がかかった。
「え、いいけど。どうしたの?」
少し席が離れているのに、わざわざ聞いてくるっていったい何だろう……
「ユッテから聞いたんだけど、貴族って側室を持ったらダメなの?」
「え、あ、うん。王国の法律でそう決められているね」
正確には王国で貴族の当主になる者は、過去にさかのぼって側室を持ってはいけないことになっている。これは後継者争いを避けるためらしく、王家の者も従わないといけないんだ。
「でも、それだと子供が生まれなかったときに困らないか?」
「そういう時は養子を迎え入れるんだよ」
王国には養子をもらうためのちゃんとした制度があるんだよね。
「それじゃ、せっかくの血の繋がりが無くなっちゃうじゃん」
「うん、そうだけど、元々いくら自分の子どもでも優秀じゃなかったら跡継ぎとして認められないから、養子が跡を継いでいる家もたくさんあるよ。初代からずっと同じ血縁の貴族の家って少ないんじゃないかな」
「知らなかった。ということは、言い方は悪いけどティナのお父さんやアレン様が、前の領主様みたいに若い女の子を連れて行くというのはないんだよね」
「うん、側室としてはありえないかな。女好きでというのはあるかもしれないけど、お父さんとアレンに限ってはそれは無いと思うよ。もし、そういうことがあったとしても、王家に直訴したらその家はお取りつぶしになるから、この王国の中でそんなことをする貴族は誰もいないはずだよ」
「そうなんだ、ティナの家で働くのを怖がっている子がいるんだけど、このことを教えていいよね。そういうわけだから、みんなわかった。ティナの家は前の領主とは全然違うからね。安心していいよ」
ルカはもしかしてみんなにこのことを教えるために聞いてくれたのかな。
「みんなー、ごめーん、遅くなったー」
そのとき、部屋の入り口から間延びした声が聞こえてきた。
「あ、来た来た。こっちこっちヒルデちゃん!」
クリスタは、部屋の入り口できょろきょろとあたりを見回している金髪の女の子を手招きしている。
「あらー、あなた始めてねー」
私の隣に座ったヒルデちゃんは、ちょっとのんびりした感じの子だった。
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