第117話 当事者に任せたらダメなんですよ
「おいしい!」
「ほんとだ。これまで飲んだことない味だね」
「こ、これはすごい……また、それぞれ味が違うのも面白い!」
ルカから試飲させてもらったお酒は限定販売されるだけあって、王都で飲んだものよりもさらに深みがあり……あー、もどかしい。上手く伝えられないけど、とにかくびっくりするくらい美味しかった。
「ティナはうちの酒を王都で飲んでくれたんだって、ありがとう。でも、王都に運んでいるのは新酒だけなんだ」
ルカによると、試飲させてもらったお酒は特別な場所で数年寝かせていたもので、数に限りがあるから他の街では売ることができないらしい。
「うん、全く違うお酒かと思った」
「元々は一緒なんだよ。瓶ごとに味が全然違ったでしょう。寝かせていた期間が違うんだ」
アレンは心配していたけど、ちゃんと蒸留酒を熟成させることは知っているみたい。
「こんなにおいしいのならたくさん作ったらいいのに……」
「うん、新酒は樽を増やしさえすればいくらでも作れるんだけど、熟成させる場所が限られているから無理なんだよね」
「場所が足りないの?」
場所が足りないのなら、お父さんに頼んで土地を借りたらいいと思う。もちろん地代は貰うけど、こんなにおいしいお酒ならすぐに元は取れるだろう。
「その場所というのが――」
そういいながらルカの指が指示した方向は……
「「「海!?」」」
何と海の中に沈めて熟成させるそうだ。なんでも、陸に置いておくよりも遥かに美味しいものができるらしい。
「割れないの?」
海といえば波もあるし、潮の満ち引きもある。それに嵐が来たら大変だ。
「もちろん割れることもあるよ。でもそれは海の神様が飲んでいらっしゃるから、仕方がないんだよね」
そういう考え方なんだ。でも、わかる。料理でもわざわざ最後に鍋の蓋開けて『愛情』っていうCMがあった気がするけど、そんなことくらいで味が変わるはずないのに共感したものだ。
「あのー、ところで、皆様はご領主さまとどのようなご関係なのでしょうか?」
私たちが試飲している間、ずっとおばさんから説教されていたおじさんが聞いてきた。やっぱり気になるのだろう。
「ボクはアレン・ランベルト。今はまだ違うけど、これからカペル家の養子になるから一応関係者かな」
アレンが応える。
「ランベルト……様……もしかして王族の?」
「ええ、アレン様はエルマー皇太子殿下のご子息になられます」
それをルーカスさんが補足する。
「こ、これは失礼しました!」
おじさんとおばさんが平伏してしまった。
「えっ? 王族? そのアレン様と結婚するティナって、いったい……」
「私はティナ・カペルです」
「カペル……さま? 新しいご領主様と同じ名前……」
「うん、お父さんが領主になるみたい」
ルカもその場で絶句したまま立ち尽くしている。
「皆さんどうか頭を上げてください。こういうのが嫌でボクは平服で来ているのですから」
平服というか、アレンは動きやすいという理由で、こっちに来てからはずっと兵士見習い用の服を着ているからね。騒ぎになりたくないという理由とは違うと思うけど黙っておこう。
「しかし……」
おじさんが少しだけ顔を上げて、どうしたらいいか悩んでいるようだ。
「ご店主、アレン様がそうおっしゃられているのですから、普通のお客と同じように接してください」
「わ、わかりました。ご命令とあらば、つ、つつがなく接客させていただきます」
ま、まあ、頭をあげてくれただけでもよしとしよう。
「ルカもお願い。今まで通り話してほしいな。気を使わない友達ができたみたいで楽しかったんだ」
ルカはいいの? という顔でこちらを見たのでうんと頷く。
「わかった。街にいるときのティナは私の友達。他の友達にもそう言っておくね」
ルカの友達までとは思ってなかったけど、まあいいか。
とりあえず、そちらもうんと頷くことにした。
「えっ! ほんとによろしいのですか? すぐにお渡しできますよ」
「いえ、限定品は明日からの発売なんでしょう? ボクたちだけ特別扱いされても困ります。ルーカスもいいよね」
「もちろんです。あんなおいしいお酒を試飲できただけでも来たかいがありました」
ルカのお父さんは限定品を私たちに差し上げたいと言ってきたんだけど、アレンがそれを断った。領主とか王族とかで特別扱いしてもらったら、せっかく限定品を楽しみにしている人たちに悪いという理由で。
その限定品も即日完売というわけでは無いみたいだから、誰かに頼んで買っといてあとから来るファビアンさんにルーカスさんの分をことづけておこう。もちろんファビアンさんの分も一緒にね。
「ねえ、あなた。この人たちならいいんじゃないですか?」
「そうだな。組合の者と話さないといけないが、お返ししても安心できそうだ」
ん? なんのことだろう。
「お父さん、お土産買ってきたよ」
「これは、あの時の酒じゃないか。忙しくて、まだ買いに行けてなかったんだ。すまないね」
夕食前に屋敷に戻った私とアレンは、ルカの店から買ってきた通常品のお酒を持ってお父さんの部屋に行った。
「アレン様と出かけてくると言っていたが、酒造所に行っていたのかい? しかしその格好はなんだい。泥だらけじゃないか! って、アレン様も!」
「あはは、ちょっと、色々あってね」
お父さんに今日起こったことを話した。
「おお! それでは、用水路の権利を渡してくれるというのですね」
「はい、組合の人と相談してみると話してくれました」
ルカのお父さんは、メルギルの用水路の管理をしている組合の責任者をしていた。
「なあ、ティナ。これまで話さえ聞いてくれなかったのに、どうやって説得したんだい?」
「説得というか成り行き? あ! そうそう、おじさんは調整するのが大変だったって言ってた」
王家が前の領主を追い出したあと、王家はメルギルを本格的に支配する気がなかったため、一部の施設や設備については住民に共同で管理させることにしたらしい。用水路についてもそうしてたらしいんだけど、なかなかうまくいかなかったみたい。
「水が多いの少ないので揉めますからね。当事者に任せたらダメなんですよ。死人が出なかっただけよかったですね」
お茶の用意をしてくれたユッテが口をとんがらかして話す。
「死人がって……そんなことがあるの?」
「ええ、干ばつの時なんてもう! 決められた水量以上をとるやつとか出てきて収拾がつかなくなりますよ」
うっ、自分だけはと思う人ってどこにでもいるよね。
「それならそうと、早く渡してくれてたらよかったのだが……」
「もし前の領主みたいに水を盾に無理難題言われたら困るからって、
「そんなことをするつもりは無いが……まあ、これからは話が進むということだな」
「はい、それでお願いがあるのですが――」
アレンはお父さんに自分の考えを伝えた。
「それは構いませんが、大丈夫でしょうか?」
「これまで自分たちで管理してきたんですからやってくれますよ」
「そうですか……わかりました。数日中にレオンに伝えに行かせます」
これで、水の権利のほうも何とかなるのかな。
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