第115話 ティナ! また会いましょうね!

 私たちを乗せた馬車は、メルギルの中心部と思われる場所を通る。


「カチヤみたいに建物がひしめき合っていないね」


「そうだね、ここは平地も広いし半農半漁みたいな感じなのかな。無理して海のそばに住まなくてもいいんだと思うよ」


 大きな建物は無いんだけど、建物の間隔は広く、所々空き地があった。ギーセン領のドーリスよりもさらに田舎な感じだ。


「せっかく土地が空いているんだから、畑でもしたらいいのにね」


「うーん、この王国では土地はすべて王家か領主のものだから勝手に使うわけにもいかないし、使ったら使ったで使用料を払わないといけないんだよね。だから必要以上にだれも土地を使わないんじゃないかな」


 そうだった。エリスに教えてもらっていたのをわすれていたよ。

 確か、領地持ちの貴族の主な収入源は地代や施設の使用料で、言ってみたら領主は領民に土地や水路の利用権を貸して生活している大地主。一応税金もあるけど、一人年間いくらという人頭税くらいしかなくて、江戸時代の年貢みたいに収穫に応じてと言うものは存在しない。

 ただ、領外と交易するには領主の許可が必要で、その許可証は有料。つまり交易が盛んになればなるほど領主の収入が増えることになる。カチヤの場合は土地は狭かったけど、その割合が多くてカペル家は裕福だったんだよね。


「ねえ、アレン。これから道を作るためにどんどんお金が必要になるでしょう。そのためにはこの土地を貸さないといけないんじゃないの?」


「そうだね。空いてる土地が少なくなればなるほど安定した収入が増えるから、なんでもやりやすくなる。だから、そのためにも人をたくさん増やさないといけないんだ」


 人を増やすのか、メルギルは田舎だからなかなか大変そう。






 馬車は中心部を抜けて、郊外の方に向かっていく。


「お酒屋さんって街なかに無いんだね」


「ティナ様。今から行くところは酒造所というところです。酒も売っていますが、本来は作るところですからね。どうしても水が必要なんですよ」


 なるほど、口に入れるものだから、きれいな水が出るところがいいんだろう。


「ルーカス、もうすぐ着くんでしょう。試飲させてくれるんだよね。楽しみ」


「そうですね。先に買ってきた隊員によると、山のふもとと言っていたのでもうすぐだと思います。私も楽しみです。っと!!」


 その時、突然馬車が止まった。


 ルーカスさんはすぐに前の窓を開けて、御者の近衛兵の隊員に状況を確認する。


「――わかった。アレン様、ティナ様。前方で馬車がぬかるみにはまっているようです。人手がいりそうなので手伝ってまいります。鍵を閉めこのままお待ちください」


 ルーカスさんは馬車を出て行った。


「昨日夜の雨のせい?」


 夜、突然雷が鳴って、大粒の雨が降ってきたのだ。すぐに止んだんだけど、道が渇いてなかったのかな。


「みたいだね。ボクたちも手伝ったほうがいいようだけど……」


 アレンは前の窓を覗いてルーカスさんたちの様子を見ている。


「動きそうにないの?」


「かなり重たいもの積んでいるのかな、なかなか上がらないみたい……このままだと馬がばてちゃいそう」


 アレンがこちらを向いたので私はうんと頷き、二人で馬車の外に出ることにした。






「ごめん、ルーカス。大変そうだから来ちゃった。ボクたちも手伝うね」


 ルーカスさんは、荷馬車を押すのをいったんやめて、ぬかるみから抜け出しやすいように車輪にワラをかませようとしていた。


「お二人共出てこられたのですね。仕方がありません。一応、他の隊員に周りを確認させております。危険はないようですが、念の為に私のそばから離れないでください」


「わかった、近くにいるよ。このワラを敷くのを手伝ったらいいんだね」


 アレンと二人でぬかるんでいる場所にワラを敷いていく。


「このワラって、勝手に使ってよかったのかな」


 ルーカスさんに言われて、水田の横に積んであったワラを敷いているけど、もしかしたら取ってあるやつじゃないのかな。


「でも、これをしないと馬車が抜け出せないよ」


 緊急事態ということで許してもらえるだろうか。


「ここの田んぼはうちのだから、いくらでも使っていいよ」


 そこに、濃い栗毛を後ろで束ねた少女が両手一杯のワラを抱えてやってきた。






「ほんと助かる。母ちゃんと二人でどうしようかと思っていたんだ」


 その少女は私の隣で一緒にワラを敷いていく。


「この荷馬車はあなたの?」


「うん、いつもは気をつけているんだけど、夜雨降ったの忘れちゃってて」


 少女は舌を出して、自分の頭をコツンとたたいて、さらに


「ところで、あなたは、兵隊さんたちのお付きの人なの?」


 と、聞いてきた。


「え?」


 そうか、今の服装は下働きの子と同じような格好だ。


「ま、まあ、そんなもんかな」


 領主の娘とか言わないほうがいいだろう。


「みんな男前よねー。一生懸命に働いている姿って痺れるわー。ねえ、ちょっと見て、特にあの子可愛いんだけど、恋人とかいるのかしら? 年齢も近そうだし私にピッタリだと思わない?」


 少女が指さしているのは、この少女のお母さんと思しき女性からワラを受け取っているアレンだ。


「も、もうすぐ結婚するんじゃないかな」


「そうなんだ、残念……。あらあなた、顔が赤いわね。もしかしてあの子の結婚相手って……。やだ! それならそう言ってよ。思わず口説いちゃうところだったじゃない!」


 少女からバシバシと肩を叩かれた。


「あはは……」


 なかなか忙しい子だな。


「お嬢さんいいですか。そろそろよさそうです。試しに荷馬車を引いてみましょうか」


 たぶん、ぬかるみにワラをうまく敷くことができたんだろう。ルーカスさんが少女に声をかけてきた。


「あ、はい。わかりました。それじゃありがとうね。私はルカ、あなたの名前は?」


「ティナです」


「そう。ティナ! また会いましょうね!」


 ルカは手を振って荷馬車に向かって行った。

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