第111話 今の僕ができるのはこれくらいしかないから……

 私とエディが乗る馬の後ろをアレンとルーカスさんを乗せた馬が続き、少し離れてアレンの護衛として二人の近衛兵のお兄さんたちがついて来ている。


「ねえ、エディはいくつなの?」


 前を向いて手綱たづなを握っている短い栗毛の少年に声をかける。


「僕は12才です」


 エディは少し振り向いて、教えてくれた。その右頬には白い肌に小さな赤いニキビが存在を主張していた。

 やっぱり思った通りだ。振り落とされないようにエディの腰に掴まっているんだけど、体つきがまだ幼いんだよね。


「他の領地から来たって聞いたけど、どこから?」


「ギーセン様の領地の南の方に住んでいました。そこで両親と兄を病気で亡くしてしまって……。食べていくためにドーリスで働き先を探しているときに、こちらの事を聞いてやってきました。紹介状もないのに雇っていただき旦那様には感謝しております」


「そっか、大変だったね」


 この年で仕事を探さないといけないなんて、余程の事情があったんだろう。


「ティナ様、少し走ってもいいでしょうか?」


「あ、うん。エディに任せる」


「あのー! ルーカスさん! 広場が遠いので走ってもいいですか?」


 後ろを走るルーカスさんから『わかった!』との声が聞こえると、エディは手綱を少し緩めかかとを使って馬に指令を送った。


「うわぁっ!」


 その瞬間から馬が走り出したのだ!


「すごい! エディ、すごい!」


 こんなふうに、自分の思った通りに馬を操ることができたらどんなに気持ちがいいだろう。


「ティナ様! 揺れますから、喋っていると舌を噛みますよ!」


 エディが操る馬は私を乗せて、少し上り坂になっている森の間の狭い道を軽やかに駆けていく。

 頬にあたる秋の風が何とも心地いい。


 私の目の前の小さな騎手は、道に合わせて手綱を右に左にと引くことは無く、馬の好きなように走らせている感じだ。

 一本道だから方向は馬に任せて、速度だけ調節しているのかな。


 しばらく走った後、見晴らしのいい場所に出て、エディは馬の速度を落とした。


「どう、どうっ!」


 私たちの隣に、ルーカスさんの操る馬も停止した。


「ここなら、思いっきり走らせることができます」


 エディが言う通り、この場所は小さな野球場くらいのスペースがある。馬を走らせるのに狭いということは無いだろう。それにここは山の中腹にある丘の上になっているようで、なかなか見晴らしがいい。遠くに海が見えてロケーションも抜群だ。


「ここは何だったの?」


「わかりません。馬で遠乗りをしているときに見つけて、お屋敷の土地の一部らしいのですが何に使っていたのかは誰も知りませんでした」


「もしかしたら、前の領主が狩りのために森をひらいたあとかもしれませんね。こちらに来るときに騎士団の報告書を見ていたのですが、王家がメルギルを管理するようになってからしばらくの間は、兵士を常駐させていたみたいです。その時に狩場後の広場を演習場に使っていたと書いてありました」


 それでここだけ木が生えてないんだ。ただ、管理はされてないにしては、草ぼうぼうという感じではないな。誰か使っているのかな。


「エディはよく来るの?」


「はい、ここなら馬たちに新鮮な餌を食べさせてあげることができるので、数日に一度は来ています」


 なるほど、今はエディが管理しているようなものなんだね。


「それでは、お二人とも馬に乗る練習を始めましょうか」


 そうだった、このためにここに来たんだ。私も馬に乗れるようになって、あの気持ちよさを自ら味わいたい!


「さあ、ティナ様。まずは一人で馬に乗る練習から始めましょう」


 そう言って私の方を振り向いたエディの目が、光ったように見えた。








「意外とスパルタだった」


「申し訳ありません。馬にはしっかりと乗れないと命にかかわると教えられていたので、つい……」


 エディは遊牧民の出身だから、馬に舐められたら生活できないとかあったのかもしれない。


「一人で乗れるようになるには、もう少しのはずなんだけどな……」


 何度も乗ろうと頑張ってみたんだけど、もう少しのところでうまくいかない。あとちょっとだけ何かが足りないんだと思うけど、それが何なのかよくわからない。その都度エディやアレンが教えてくれるんだけどね。

 結局一人で乗る練習は途中であきらめて、エディに後ろについてもらって手綱を操る練習をやってみたんだけど、馬がうまく言うことを聞いてくれた時は、ほんと気持ちよかった。


「ティナ様、次は一人で乗れるようになりますよ」


「頑張ってみる。アレンはうまく乗れるようになっていたね」


「うん、やってみたらなんとなくわかったんだ」


 やっぱりアレンは、体が覚えていたのかな。私の場合は残念ながらそうではないみたい。もしかしたら、眠りにつく前のティナは馬に乗ったことがなかったのかも。きっとそうだ、体が覚えていたらもう少しうまくいったと思う。


 今私たちは馬に乗る練習を終え、広場の横を流れる小川で休憩している。頑張ってくれた馬たちは、のんびりと川で水を飲んだり、草を食べたりしているようだ。


「今日はエディのおかげで助かったよ」


「とんでもないです。今の僕ができるのはこれくらいしかないから……」


 エディの表情は複雑だ。


「ねえ、エディ。君がよかったらなんだけど、文字とか計算とか覚える気はないかな。今、お屋敷では人手は足りないから、覚えてくれたら助かるんだ……」


 おっ、アレンが聞いてくれた。いくら勉強を教えようとしてもエディにやる気がないなら無駄だもんね。


「えっ!? 教えていただけるのですか! そのぉ……もし、覚えたら旦那様に恩返しできるんですよね?」


「もちろん! お父さんも喜ぶと思うよ」


「是非お願いします! 僕に文字や計算だけでなくいろいろ教えてください!」


 エディもやる気になってくれた。


「わかった。今日はしっかりと教えてもらったからね。明日から早速始めようか……ふふふ、覚悟してね」


「が、頑張ります」


 とはいえ、どうやって教えたらいいかはアレンに聞かないといけないんだけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る