第101話 おかげで今日はゆっくりと休めそう
その日の夜。私はアレンと一緒に、今日の宿舎として提供してもらったギーセン伯爵の別邸の食堂で、ユッテに入れてもらったお茶を飲みながらのんびりしていた。
「アルノルトさんにベルノルトさん、二人ともいい人だったね」
アルノルト・ギーセンさんはギーセン伯爵の長男で24才。ベルノルト・ギーセンさんは次男で20才。私たちが一日早く到着したにもかかわらず、みんなを歓待してくれた上に、宿まで用意してくれたのだ。
「それで明日は、ドーリスから東に向かい――――」
私たちが座っている長テーブルの反対側では、お風呂から上がったばかりのルーカスさんが、他の近衛兵のお兄さんと一緒に冷たいお水を飲みながら地図を見ている。たぶん明日の予定を話しているんだろう。
「うん、こんないい場所に泊まらせてもらえて、今日はゆっくりと休めそう。でも、あんなに学校のことを聞かれるとは思ってなかった」
二人とも年の離れた妹のエリザベートちゃんの事が気になるみたいで、学校での様子をたくさん聞かれてしまった。
「エリザベートちゃんの手紙にも詳しく書いてあったみたいなのにね。学校でのティナのダンスの話は、ボクも知らないことが多くて楽しかったな」
「うぅ……恥ずかしい」
エリザベートちゃんがお兄さんたちに宛てた手紙には、私のことも書いてあったらしく、挨拶をした後、パーティでダンスがうまくいってよかったですねって言われてしまったんだよね。
「ふふ、ボクはティナのおかげでお兄さんたちとも親しく話せて助かったよ」
「親しくって……あの時、急にクル(カレー)の話をするから……もう、ほんとにドキドキしたんだからね!」
アレンがクルの話をしたのは、ちょうど夕食をアルノルトさんたちと一緒に食べていた時だった。出された料理を目の前にして、『クルって食べ物知ってますか?』って普通聞かないよね。料理が気に入らないって思われるんじゃないのかってヒヤヒヤしたよ。
「ごめんごめん。二人がクルのことを知っていても知らなくても、材料の香辛料の中にはギーセン領で採れる種類もあるから、いずれ話さないといけなかったんだ。でも、アルノルトさんがあんなに食いついてくるとは思わなかった」
「それはほんとにびっくりした」
アレンがクルの話をした途端、アルノルトさんが『どこで食べられるんですか!』って食い気味に来たのだ。なんでも、アルノルトさんは海軍にいたことがあって、その時に何度か食べたことのあるクルの味を忘れられずに、料理人に言って作らせようとしているみたいだけど、なかなかうまくいってないみたい。
「料理の中にクルっぽい感じの味付けの物があったから、もしかしてって思ったんだ」
「結局、それで正解だったわけね。アルノルトさんたちも、それからアレンにどんどん話しかけていたもの」
アルノルトさんもベルノルトさんも、最初の頃は王家の人間であるアレンにたいして遠慮気味だったけど、クルの話以降打ち解けてきた感じがしたのだ。
「うん、おかげでこれからやりやすくなりそう。これからクルを王都で普及させるには、ギーセン伯爵家の協力が必要不可欠。クルのレシピでそれが手に入るなら安いものだよ」
海軍にクルを持ち込んだハンスさんは、クルの発案者の了解なしにレシピは教えられないって言っていた。この世界でクル(カレー)を作った最初の人は、眠りにつく前のアレンだからね。いくら海軍に尋ねても、眠りっぱなしのアレンに聞くことができなかったから、アルノルトさんも調べようがなかったんだと思う。
「今日は世間話で終わったみたいだけど、詳しい話はアレンがメルギルから帰るときにするんでしょう」
アレンはメルギルでの用事を済ませた後、数日休息を取って一度王都に戻ることになっている。その時ドーリスに立ち寄って、アルノルトさんたちと会う約束をしていた。
「カペル領の香辛料の事を調べてからじゃないと話し合うこともできないから。まずはメルギルで資料をもらって、それを見て条件とかを考えるよ」
「資料か……お父さん集めてくれているかな」
「ティナはレオンさんにボクの手紙渡してくれたって言ってたよね。そこにも書いていたから大丈夫じゃないかな」
そうか、レオンさんもいたんだ。これまでカペル家には執事さんがいなかったから忘れていた。王都にいる
「――――明日も同じギーセン領の中だが、ここまでと違って道の状態がよくないと聞いている。誰か馬で先行して馬車が通ったら危ないところを教えてくれ。それでは、今日はこれまでとしよう。あとは、見張りの者は――――」
ルーカスさんたちの方の話も終わったようだ。
「それじゃ、ボクたちもそろそろ休もうか」
「うん、お休み。アレン」
「いい夢をティナ。お休み」
その日の夜は、虫を気にせず久しぶりにふかふかの布団で休むことができた。
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