第102話 アレン様、そんな羨ましそうな顔してないで
「でも、よかったね。アルノルトさんたち、道を何とかしてくれそうだよ」
「うん、そのお礼というわけじゃないんだけど、一度材料を揃えてクルを作ってあげようかと思っているんだ」
「アレン自ら作るの?」
「そのつもりだけど……あっ! カペル家に入ってからの方がいいかな。二人が恐縮して味がわからなかったら困るし」
たとえアレンがカペル家に養子にきた後でも、廃嫡されているから王位継承権は無いとしても、エルマー皇太子殿下の実の息子と言うのは変わらないんだけどね。
翌日、朝早くから出発するにもかかわらず、アルノルトさんとベルノルトさんは見送りに来てくれた。その時に、今私たちが通っているカペル領に続く道の整備を『クルの件に関わらずこれからカペル家との間では交易が盛んになるでしょう、これはギーセン家にとっても必要なことです。出来るだけ早いうちに取り掛かりましょう』と言って、請け負ってくれたのだ。
というのも、ギーセン領内で道の整備が済んでいるのは王都からドーリスまでの街道のみで、そのほかの貴族領へと続く道は手つかずのままらしい。つまり、メルギルから王都まで道を良くするためには、カペル領からドーリスまで続くギーセン領内の道も改良する必要があって、その道はギーセンさんにお願いして良くしてもらわないといけなかったんだ。だって、他人の領内の道を私たちが勝手に手を加えることはできないからね。
「ティナ様、アレン様。そろそろのようですよ。お気を付けください」
馬車の速度が落ちてきたのを感じて、ルーカスさんが注意してくれた。これから道が悪くなってくるんだろう。でも今日は、すぐにこうなると分かっていたので、みんなのお尻の下には厚手のクッションを設置済みだ。
さてと、準備は万端なんだけど……あとはどうやって、お尻へのダメージを減らしていこうか。
「あのー、アレン様。朝、仰られてた揺れを予想して腰を浮かすというのは、どうしたらいいのでしょうか?」
ユッテは、アレンが朝の食事の時に話していた『
「ユッテちゃん見てて、この馬車には車輪が四つついているでしょう。前の方が沈んだあとに後ろの車輪が沈むから、それ合わせてお尻を上げるんだよ」
アレンはそう言って、前の車輪が沈むのに合わせて少しお尻を浮かせてみせた。すると、何もしなかった私たちよりもアレンの体の揺れが小さかったように思えた。
「おぉー、すごいです! 痛くなかったですか?」
アレンは指で丸印を作って見せている。
ふむ、うまくタイミングを合わせることができたら、お尻を守ることができるのか。
「でも、アレン様、私は後ろを向いているので前を見るのが大変です」
ユッテは私の目の前で後ろを向いて座っているから、攻略法を実践するにはずっと振り返りながら馬車の動きを見るか、後ろ向きのまま前の車輪が下がるのを感じとるしかない。
「うーん、どうしよう。…………そうだ! ティナ、ボクの方に寄って」
アレンは私の腕を掴んできた。
「こう?」
体とクッションを少しずらし、アレンの方に寄っていく。
「ティナ、そんなちょっぴりじゃなくて、ボクに引っ付くくらいもっとこっちへ……」
み、みんながいるのにアレンってば大胆……
「ほら、もっとこっちに来ないと、そんなんじゃユッテちゃんが座れないよ」
アレンは私と窓の間のこぶし二つ分くらいの隙間を指さした。
「ティナ様、申し訳ありません。私がここに座ったので窓の外が見にくいですよね」
「いいよ、ここからでも見えるし、気になる時にはこうするから」
私は『もう、ティナ様ったら』と言っているユッテに体全体を押し付け、窓の外を眺めた。
馬車の中では、アレンの悪路攻略法を実践するためにルーカスさんを除いた三人が横一線に並んでいる状態だ。横揺れの時にはこんなふうに体が当たるんだけど、それはそれで楽しい。
「アレン様、そんな羨ましそうな顔してないで、ちゃんと前を向いてないと揺れに対処できませんよ」
「あ、うん。そういうルーカスは、よく後ろ向いたままで平気だね」
アレンが何を羨ましそうにしていたのかわからないけど、確かにルーカスさんは後ろ向きのままなのに、どんなに道が悪くても平気な顔で座っている。
「常に訓練してますし、馬にも乗ってますので揺れには慣れているんですよ」
ほぉー、そういうものなんだ。
「馬か、ボクは乗れるかな……」
「アレン様が眠りにつかれる前は、よく遠乗りにご一緒してました。きっと体が覚えておられますよ」
そういえばクライブも馬に乗れると言っていた。王族の教育に中に乗馬もあったのかもしれない。
「それならいいんだけど……。うん、そうだね、足の方はもう大丈夫だから、機会があったら乗ってみるよ」
アレンが馬に乗るのか……もし、私も乗れたら…………天気がいい日は二人で一緒に馬に乗って…………、そして丘の上まで行って休憩して、お弁当を広げて…………い、いいかも。
「わ、私も乗ってみたい!」
「ティナも? うん、わかった、ボクが乗れるようになったら一緒に乗せてあげるね」
「え、いや、アレンと一緒に乗るのもいいけど、できれば自分で馬を操ってみたい」
エリザベートちゃんだって馬に乗れるんだし、私だってやればできるはずだ。たぶん……
「……ふむ、そうですね。メルギルに着きましたら、アレン様が王都に戻られるまで数日ございます。その間にお二人とも馬に乗ってみましょう」
おー、ルーカスさんに乗馬を教えてもらえるかも。
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