第100話 もしかして、厄介払い?

 翌日、思ったよりも早い時間にギーセン伯爵家の本拠地があるドーリスに到着した。ギーセンさんから聞いていた通り、ギーセン領内の街道は道が整えられていて、御者さんも気持ちよく馬を操っていたみたいだ。

 太陽がそろそろ夕日色に染まろうとしている中、私たちはドーリスの西にあるというギーセン伯爵邸へと向かう。そこにはエリザベートちゃんのお兄さんが領主代行としているはずだ。これからはお隣同士になるんだし、エリスのこともお願いしたい。第一印象は大切だから、キチンと挨拶しておこうというわけだ。


「ねえ、アレン。この辺りって街道の中心だよね。それにしては、なんだか寂しくない?」


 馬車は、ドーリスの町のメインストリートを走っているはずなんだけど、カーテンの隙間から見える街並みは、お世辞にも栄えているようには見えない。

 確か王都からはこの町を通らないと、南部にいくつかある他の貴族領に行けなかったはずだ。普通そういう場所は交易が盛んになって、町が発展するんじゃないのかな。


「ティナ、この辺りの地形って覚えている?」


 王家から見せてもらった資料の中に王国の地図もあった。アレンの部屋で、まだ見ぬ土地に思いをはせたのが昨日のように思い出される。


「確か四角い半島の南側で……メルギルだけが海に面していて、他の貴族領は山か森に囲まれていたんじゃなかったかな」


 地図によると、私たちのリビエ王国は、王都から見て北東方向に長く伸びたレナウス大陸の西側半分ほどを支配していて、中でも王都があるあたりは正方形に近い形をした半島だった。ちょうど、スペインやポルトガルがあるイベリア半島に似ているなって思ったんだよね。


「うん、王都がある半島の中で海に面して町があるのは北の王都と西のカチヤ、それに南東端のメルギルの三か所のみ。そのほかは断崖絶壁で海に出るのも一苦労だし、陸地部分は基本的に山がち。かと言って平地がないかと言えばそうではなく、あちらこちらに盆地や丘陵地があって、気候もいいから農業や畜産も盛んで食べ物には困らない。でも、違う町に行こうとすると、山や森が邪魔になって移動が大変なんだ」


「つまり、このあたりの人たちは自給自足で生活できるから、わざわざ苦労して他の街と交易する必要がなかったってこと?」


「そういう事だと思うよ」


「もしかして、道が悪いのも?」


「うん、南部の人たちの主な移動手段は移動は馬だし、荷物もたくさん運ぶ必要が無いから荷馬車もあまり使わないみたいだね」


 それで道が悪くても気にならなかったんだ。馬車があれだけ揺れるのに何もしていないからおかしいって思っていたんだよね。

 それにしても、こちらの人たちは馬で移動するのか……そういえばエリザベートちゃんは馬に乗れるって言っていた。私もメルギルに着いたら乗る練習を始めてみようかな。


「ねえ、ルーカス。ギーセンさんのところにはもう着くの?」


「少々お待ちください。――――アレン様、もう少しかかるそうです」


 ルーカスさんは前方の小窓から御者のおじさんに聞いてくれた。


「そっか、ついでに南部が王国に編入されたときの事も話すね。元々王国は、開発に手間のかかるこの地域をわざわざ手に入れようとは思ってなかったんだけど、メルギルを支配していた一族が血みどろの相続争いを始めちゃって、この辺りのそれぞれの領主は交易はあまりしてなくても、権力の維持のために血縁関係はあったらしくて――――」


 アレンが言うには、メルギルの後継者争いが南部全体に広がりそうになったところで、メルギル以外のこの辺りの領主さんたちが相談して、王国に助けを求めることにしたんだって。


「アレン、すごい! よく調べたね」


 エリスに王国の歴史を教えてもらっていたけど、私はそんなことは習っていない。


「夜は暇だからね。爺やにいろんな本を持ってきてもらっていたんだ」


 もしかして、その本の中に南部編入の時のマル秘の報告書とかがあったのかな。


「それで、王国はどうやって助けたの?」


「結局軍隊を出すことになったらしいんだけど、そのあたりは確かルーカスのお父さんが行ったんだよね」


「はい。聞いた話になりますが、その当時の父は王都の騎士団の団長をしておりまして、王国軍の責任者の一人としてメルギルまで向かい、争っていた者たちを鎮圧したそうです。その時に戦後処理もやったらしいのですが、元々メルギルの支配者は領地でも評判が悪かったので、最終的に一族は全員メルギルから追い出されてしまいました。その後、王国もメルギルの新しい領主を探したようなのですが、この付近の領主からは馬や羊が飼える場所が少ないという理由で拒否され、王都近くの貴族からは不便だからといって断られたと言ってました」


 ルーカスさんが補足してくれた。


「もしかして、厄介払い?」


 王国は手に余る場所をカペル家に押し付けたってことなの?


「王国にしてみたらそうかもね。でもボクは、メルギルの資料を見た時に宝の山に思えたよ」


 私もそう思った。確かに王都に比べたら不便かもしれないけど、地球に比べたらたいして変わらないからね。


「それで、他の南部の地方もその時に王国が占領しちゃったんですか?」


「いえ、最初に軍を派遣するときの条件として、メルギルを除いた南部全体も王国に帰属することが決まっていたようです。もちろん、元の領主を王国の貴族として認めた上ですけどね。結局、この辺りの領主たちもメルギルと同じような問題を抱えていたんだと思います」


「それから南部は王国の一部になったんだけど、支配している人たちが代わっていないから、交流も進んでいない。だから発展していないんだよ。もったいないよね」


 なるほど、そういう事情があるんだ。




 それから間もなく、『ヒヒーン!』と、馬のいななきが聞こえて、『どうどう!』と御者さんの声がした後、馬車が止まった。


 すぐにルーカスさんがドアに付いている窓を開け、馬に乗っている他の近衛兵のお兄さんに指示を出した。


「アレン様、ティナ様。伯爵邸に着いたようですが、少しこのままでお待ちください」


 ギーセン伯爵家へは、近衛兵のお兄さんが到着を知らせてくれるようだ。


「エリザベートちゃんのお兄さんたち、いるかな」


 手紙を出してはいたけど、本来は明日着く予定だったんだよね。途中の道がよくなっていて一日早く着いているから、留守だとしても仕方がない。


 コンコン!


 ルーカスさんがドアの窓を開け、話を聞く。


「アレン様、ティナ様。ギーセン様がお待ちしておりました。どうぞとのことです」


 よかった、一日時間を潰さなくてよさそうだ。

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