第99話 お話になられますとっ! し、舌を噛みますよ!
目に見えて道が悪くなっているのだろう、馬車は先ほどよりもかなり速度を落とし、右に左にと車体を動かしながら進んでいる。それでも、時折突き上げてくるような揺れが馬車を襲ってきている。
先にメルギルに行っているお父さんたちからの手紙には、ドーリスへは王都から馬車で五日、メルギルへはそこからさらに五日かかったと書いてあった。ギーセン伯爵に王都を離れる前に挨拶に行ったとき、自分の領地の街道はきれいにしているから安心してと言っていたから、道が悪いのはこれからギーセン領に入るまでの間と、ドーリスからメルギルまでの五日間……
お尻大丈夫かな……
しかし気になる。この街道が続いているドーリスは、ギーセン伯爵領の中心都市であり、メルギルだけでなく南部にある他の貴族の領地に行くには通らないといけない場所だと王家の資料に書いてあった。南部が王都に編入されてもう十年以上経っているから、普通なら王都からそういう重要な街へと続く道は、馬車でも通りやすくしているはずなんだけど、どうしてこれまで何もしてこなかったんだろう……。誰か教えてくれないかな。
さてと、今回のメルギル行きだけど、私は学校を卒業したから引っ越しするために、アレンはある書類を入手するというミッションのために向かっている。
アレンがカペル家に養子に入るためには、王家の発表だけでは不十分で、養子縁組を認めますというカペル家当主のサイン入りの書類が必要なのだ。
書類でいいのなら手紙でやり取りしたらダメなのって
「は、ハーゲンさん。み、認めないって言わないよね……うっ!」
「だっ! 大丈夫だよ。お、お父さん、アレンが来るの、た、楽しみにしているからぁ!」
「お、お二人とも、お話になられますとっ! し、舌を噛みますよ! お気を付けください!」
ルーカスさんのいう通り、さっきの工事現場を過ぎてからこの調子だ。馬車で通れないほどではないんだけど、道に穴が開いている場所があるのか、たまに馬車が跳ねるのだ。話すどころか掴まってないと椅子から落ちちゃいそう……うーん、悪路だと聞いて揺れに強い近衛兵さんの馬車に乗っているんだけど、それでもこれだから、普通の荷馬車ではまともに荷物を運べないのかもしれないよ。
あ、そうそう。今回の旅、アレンの身分が王族のままだから、護衛としてルーカスさんたち近衛兵の人たちがついて来ている。だから馬車もカペル家の貴族用の調度をあしらった物ではなくて、たくさんの荷物も運べて頑丈にできている近衛兵さんの二連馬車を借りることができた。この二連馬車と言うのは、普段は軍事行動に使っているらしく、どんなところでも行けるように足回りが強化されていて、さらに後ろには荷物専用のほろ付きの荷台もついているので、今回のメルギル行きにはピッタリなんだよね。
「うぅ、やっと着いた」
翌日の夕方、ギーセン伯爵領に入って最初の町に到着した。
今日は丸一日揺れている馬車の中だった。幸い酔う人はいなかったけど、みんなお尻をさすったり、腰を伸ばしたりしている。
「おっとっと……。ティナは大丈夫? ボクはまだグラグラしている気がするよ」
「うん、何とか……ん?」
アレンと話しながら周りを見渡してみると、あることに気が付いた。
「……近衛兵のお兄さんたちが少ない気がする」
アレンの護衛のためにルーカスさんも含めて五人の近衛兵がついて来ていたはずだ。でも今は、目の届く範囲にルーカスさんの他に二人しか見えない。
「ティナ様。先ほど
先に馬車を降り、荷物の整理をしていたユッテが教えてくれた。……てことは、もしかして今日はベッドに寝れるかな。
お父さんからの手紙には、この街道沿いに宿がない町や村も多かったと書いてあった。確かに昨日立ち寄った村には宿がなかったし、村長さんの家も小さかったから、野営することになったんだよね。
「ボクはテントでもいいんだけどなあ。最近は、ずっと一人で寝ているからさ。ルーカスたちと一緒に話しながら寝るのも楽しいんだ」
アレンはデュークの時から寂しがりやなんだよね。私から離れてアレンになってからは、ずっとあの大きな部屋で一人で寝ていたはずだ。
「私はベッドに寝たいかな。テントも面白いんだけど、やっぱり虫がね……」
テントも近衛兵のお兄さんたちがきっちりと作ってくれるんだけど、虫はどこからでも入って来るからどうしても気になるのだ。
「虫か……ボクは気ならないけど、ティナは女の子だもんね。ユッテちゃんと二人で大丈夫? ボクが行こうか?」
アレンがいてくれたら心強いけどね。
「さすがに結婚前だからそれは無理だよ。それにユッテは虫とか平気みたいだから、こっちで何とかするよ」
「そう? 困った時には遠慮なく言ってね。でもほんと、早めに道路の工事を進めてもらっていてよかったね。さっきルーカスと御者さんが話しているのを聞いたんだけど、明日にはドーリスに着くらしいよ」
今日は王都から出発して三日目だ。元々ドーリスまで五日かかる予定だったから、一日早く到着することになる。つまり、お尻が一日分助かったということだ。
「そうなんだ。エリスが来る頃にはもっと早くなりそうだね」
「うん。もしかしたら、ドーリスまで三日でいけるかも」
エリスとクライブは邪魔が入ることなく無事婚約することができたけど、結婚するのはしばらく先になる。
皇太孫のクライブは、学校を卒業してすぐに航海の訓練のためにハンス船長の船に乗り込んだ。なんでも王家を引き継ぐ者は、学校を卒業した後一定期間王国軍で経験を積まないといけないらしい。期間は、最低でも海と陸でそれぞれ一年間。これが長いのか短いのか私にはわからないけど、これを済ませないとエリスと結婚できないクライブは、私たちが港に見送りに行ったときに、すぐに帰って来れるように頑張るって張り切っていた。
一方のエリスは、今ウェリス家でやっている王妃様になるための教育が来年の春頃に終わる。その後はギーセンさんの王都のお屋敷とドーリスのお屋敷を行ったり来たりしながら、皇太孫殿下のお妃候補として結婚の日まで貴族の生活を勉強していくみたい。まあ、エリスにはそんな勉強はいらないから、結婚するまでの間の息抜きみたいな感じになるんじゃないかな。将来王妃様になったらなかなか自由な時間も取れないはずだからね。
「三日か……エリザベートちゃんも喜ぶね。それでエリスは、春にドーリスのお屋敷に来た時にメルギルまで遊びに来るって言っていたけど、うちの領地の道はまだ手が付けられないのよね」
「たぶん……いつ頃から始められそうか、ハーゲンさんと話してみるよ」
アレンは道の整備の優先順位は高いと言っていた。でもそれが一番というわけではなく、領民にとって必要なことが他にあればそれを優先しないといけない。だから、先に領地に住んでいるお父さんたちの意見も聞いたうえで、詳しい道の整備計画を作ることになるんだと思う。
お、いつの間にか近衛兵のお兄さんたちが戻ってきたようだ。ルーカスさんが、それぞれから話を聞いてこちらにやってきた。
「アレン様、ティナ様。今日の夜ですが、この町にも適当な宿がございませんでした。また、町長の家もアレン様をお守りするには難しいと判断し、お願いしてこなかったということです。これから野営の準備をいたしますので、しばらくお待ちください」
今日もテントか。せっかくだから、天気もいいようだし寝る前にアレンと一緒に夜空でも眺めるとしよう。
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