カペル領編

第98話 そうか、これから先は道が悪いんだ……

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ!


 私たちを乗せた二連馬車は、王都から南に延びたギーセン領ドーリスへと続く街道を規則正しい音を響かせながら走っている。


「ティナ様、寒くはありませんか?」


「大丈夫。ちょうどいい風が吹いてるよ」


 王都を出てからすぐに開けられた窓からは、秋の日差しに温められた風が時折吹き込んできて心地いい。


「ブランケットも用意してますので、言ってくださいね」


「ありがとう、ユッテ」


 私とクライブが学校を卒業してから間もなく、王家はアレンがカペル伯爵家の養子となることを発表した。でもこのことは、そこまでみんなの注目を集めることは無かった。だって、一緒に発表されたクライブとエリスの婚約に話題をさらわれてしまったからね。王国民は若い後継者の婚約に喜び、噂が広がっていた貴族の間では予想が当たったとか、エリスって娘はどこかで見たことがあるとか、私たちのことよりもそっちの方の話で盛り上がっていたみたい。


「ねえ、ティナ。エリスちゃん、大丈夫かな。見送りにも来れなかったでしょう」


 クライブは学校卒業後すぐに王都を離れたので、婚約発表の時に王都にいたのはエリスだけ。そのためかどうか知らないけど、婚約者のエリスを一目見ようとウェリス家まで来る人がいたのだ。


「警備の人が来てくれたから心配いらないと思うけど、ほとぼりが冷めるまでは、家から出ない方がいいだろうって」


「警備? ……ああそうか、ウェリス家には正式に近衛兵が行っているんだ。ねえ、ルーカス、担当は誰?」


「アレン様。フランク・ジャカンが責任者として行っております」


「ジャカン……どのフランクだろう?」


 近衛兵さんにフランクさんが何人もいるのかな。


「ベルタさんの弟さんだよ」


「あ、背が高いフランクか」


「そうです。カペル家のパーティの時にエリス様と面識がありましたので任命されたようです」


 エリスは強いし、これまで通りベルタさんたち近衛兵のメイドさんチームもついているから、外に出なかったら大丈夫だと思う。





 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ!


 話題が途切れ少し静かになった馬車の中には、馬のひづめが砂利を蹴る音が響いている。カペル家でもウェリス家でもましてや王族専用でもないこの馬車は、防音設備が整って無いので外の音がよく聞こえるのだ。

 ふと、王都を出てからカーテンが開けられたままの窓から外を見ると、のどかな田舎の景色が広がっていた。


「ここは何が植わっていたの?」


 窓の外の畑には収穫が終わったばかりなのか、何かが刈り取られたあとがあった。


「そうですね……米を収穫した後のようです。それにこの辺りなら……きっとこれから麦を撒くのだと思いますよ」


 私の正面に座っているユッテが窓の外を覗き込んで教えてくれた。農家の出身だから、こういうことには詳しいみたい。

 米ということは田んぼなんだ。日本では毎日食べていたけど、収穫した後がこうなっているとは知らなかったな。


「アレンは知ってた?」


「稲わらが残っているのが見えたから米のあとだとは思っていたけど、このあたりはこれから麦を作るんだね。確か二毛作って言わなかったかな。聞いたことはあったけど実際見たのは初めて」


 私とアレンは地球の知識を持っているとはいっても、知らないことの方が多いかも。


「ねえ、ティナ。減速してない?」


 ぼんやりと刈り取られた稲を見ながら、もしかして田植えの仕方とか覚えないといけないのかなって考えていたら、アレンが窓の外を指さしてきた。

 瞬時に覚醒した私は、改めて外の様子を確認してみる。確かに、さっきよりも景色の流れが緩やかになっているようだ。休憩はさっきしたばかりだし……もしかして、道を間違えたとか?


 アレンの護衛として同行しているルーカスさんも、不審に思ったようですぐに前の小窓を開け、御者さんに尋ねている。


「どうも前方に人が集まっているようです。念のためにカーテンを閉めてください」


 私は慌てて窓をめカーテンをじた。その途端、車内の空気が緊張したものに変わった気がする。

 馬車はほどなく停車し、ルーカスさんは様子を見に行くと言って降りていった。


「ティナ、ユッテちゃん。いつでも動けるようにしてて」


 私にアレンとユッテ、馬車に残った三人は、万一の際すぐに逃げられるように身構える。


 そのまましばらく待っていると、ルーカスさんが戻っていないのに馬車がゆっくりと動き出した。


「どうしたんだろう……」


 気になったので少しだけカーテンを開けて外の様子を見てみると、作業服を着た人たちが道路わきに並んでこちらを見ていた。


「工事の人たち?」


 そういえば、馬車の下からはごつごつとした振動が伝わってくる。作業中だったのかもしれない。


 馬車は人が途切れるところまで進んで止まり、ルーカスさんが乗り込むのを確認してすぐに出発した。


「お待たせしました。王国からの依頼で道路の整備をしているとのことでしたので、作業の一時中止をお願いして馬車を通してもらいました」


 やっぱりそうだった。私たちが内務省に頼んでいた道だ。ちゃんと作ってくれているんだ。


「お礼したかったかも」


 私たちのお願いを聞いてくれているんだからね。感謝の気持ちを伝えたい。


「ティナ様、お気持ちは分かりますが、貴族と会ったことが無い者たちがほとんどですので、相手を困らせるだけになるかと思いますよ」


「そうだよティナ、仕事に見合った報酬を出してあげることが一番のお礼だよ」


 うーん、そういうものなんだ。直接のお礼は出来そうにないけど、この工事は王国が依頼しているから、支払いは大丈夫だよね。


「はい、王国からの依頼は間違いがありませんので、みんな喜んで仕事をしてくれています」


 よかった。せっかくなら喜んで仕事をしてもらいたい。


 危険が無いということで、ルーカスさんの了解をもらってカーテンを開けようと手をかけると、目の前に座るユッテも何やらゴソゴソとしている。


「アレン様、ティナ様。そろそろ、こちらを」


 ユッテの手には厚手のクッションが握られていた。


「そうか、これから先は道が悪いんだ……」


 私たちは、今座っているクッションの上にさらに厚手のクッションを敷いて、これからに備える。ここまでの道は石畳とまではいかないけど砂利が敷いてあったので、馬車もたいして揺れなかった。

 もしこの先の道がエリザベートちゃんの言う通りの状態なら、馬車が揺れて大変なことになるはずだ。

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