第96話 申し訳……ごめんなさいティナ。まだ慣れなくて

「ティナ様、お茶の準備をしてまいります」


 私の部屋のソファーで、一緒にくつろいでいるエリスが立ち上がろうとしている。


「え、エリス様。それは私がやりますので、座って待っていてください」


 この春から私専属のメイドになったユッテは、慌てて部屋を出ていった。


「そうだよ、エリス。もう私と同じ貴族の令嬢なんだから、ユッテに任せよう。そして、私のことはティナって呼ぶって約束だったでしょう」


「申し訳……ごめんなさいティナ。まだ慣れなくて」


 パーティから数か月が過ぎ、カチヤを王家に引き渡すことができたお父さんとお母さんは、新しい領地であるメルギルに引っ越していった。それと同時にエリスはギーセンさんの養女となり、カペル家の使用人ではなくなっているのだ。

 最初の予定では、私が学校を卒業するまではメイドをしてもらうつもりだったんだけど……実は、パーティの時に私がアレンと親しくしていたのが目立っちゃって、クライブとの仲は違うんじゃないかって噂が出てきたんだよね。それで、エリスを貴族の令嬢にして、いつでもクライブとの婚約発表ができるようにしているって訳なんだ。


「急だったからね。まあ、仕方がないよ。それで、先生の指導はやっぱり厳しいの?」


 メイドではなくなったエリスは、早速ウェリス家で王妃候補となるための勉強を始めている。


「いえ、ロッテンマイヤー先生はお優しいですよ」


「そうなんだ。でも、もし意地悪されたら言うんだよ」


 先生の名前を聞いた時、子供の頃に見たアニメのキャラクターを思い出してしまった。そのキャラクターは、預かっている子供を一人前のレディにするために必要なことをやっていたんだけど、そのやり方が……うぅ、涙無くしては語れないよ。


「ご心配には及びません。私の家は情報屋なのですよ。いざとなったら先生の弱みくらい、すぐに見つけてみせます」


 そうだった。エリスが本気になったら戦う前から勝負がついちゃうんだ。


「ほどほどにね。それで、今日は一緒に行けるんだよね」


「はい、今日は先生もお休みなので一日中大丈夫です」


 これまでの私とエリスは、長年の眠りから覚めたアレンのリハビリを助けるために、必要であれば誰に気兼ねすることもなく王宮に行くことができた。しかし、冬の終わりころアレンが自分一人の力で歩けるようになってからは、他の貴族の手前なかなか毎日行くことができない。だから、今は週に2回だけアレンが自身でやっているリハビリの様子を見るという名目で行かせてもらっているのだ。


「それじゃ、お昼過ぎにアルバンさんに送ってもらうように頼んでいるから、どこにもいかないでね」


「ご心配には……心配しなくても私はティナの傍から離れないよ……ってティナ、笑わないで!」


 いけない、一生懸命に砕けて話そうとしているエリスが可愛らしくてニヤニヤしてた。


「あはは、ごめんごめん」


 コンコン!


 ん? この叩き方はアルバンさんかな。


「はーい、どうぞ!」


「失礼いたします。アルバンです。ティナ様、昨日までの車いす販売についての報告書が出来上がりました」


 アルバンさんはこの春からカペル家で雇うことになった家宰かさいさんだ。王国で家宰というのは貴族の家で主人に代わって仕事を取り仕切る人のことなんだけど、仕事内容は執事さんとあまり変わらない。違いは主人の近くで仕事をするか、離れた場所で仕事をするかだ。だから、お父さんに付いて行ったレオンさんは執事で、王都にいるアルバンさんは家宰ということになる。

 なんで急に家宰さんを雇うことになったかって、それはアレンが鍛冶屋さんと話し合った結果、車いすの販売をカペル家がやることになったからなんだけど、私もアレンも王都に残ってこの仕事をすることはできない。だから、代わりに働いてくれる人として家宰さんが必要になったというわけだ。


「アルバンさんありがとうございます。貴族の人たちとの調整を私ではうまくできないので助かります」


 アルバンさんは、ダニエルの実家のガーランド家の執事さんの息子さんで、長年お兄さんと一緒に執事の修行を積んできたらしい。もちろん、貴族の力関係とかも熟知しているので、うちのような小さな貴族の家にとっては頼もしい存在なんだ。


「とんでもございません。私も妻の実家から離れることができませんでしたので、こちらで雇っていただいて本当に助かっております」


 アルバンさんの奥さんは王都では有名な商会の娘だ。今でもお店には無くてはならない存在らしく、単身赴任をしたくないアルバンさんは、ずっと王都で働ける仕事先を探していたんだって。私はそんなことは知らずに、学校で同級生にカペル家で働いてくれる執事さんを知らないかって聞いてまわっていたら、ダニエルが紹介してくれたって訳だ。私たちも最初は王都とメルギルを行き来してもらえるような人を探していたんだけど、アルバンさんの人となりを見てから(もちろんエリスの情報屋にも調べてもらって)、この人を雇わないと損だと思って方針を変えたんだよね。


 コンコン!


 お! これは、ユッテだ。


「ティナ様?」


 アルバンさんが確認のためこちらを向いたので、私も目で合図をする。アルバンさんが開けたドアから、ワゴンを押したユッテが入って来た。


「ティナ様、お茶をお持ちしました」


 それからしばらくのんびりして、私とエリスはアルバンさんに送ってもらって王宮へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る