第95話 え、エリスちゃん、ちょっと緩めて

 コン、コン!


『旦那様、失礼いたします』


『えっ! セバスチャン? 腰を痛めていたんじゃなかったの?』


『奥様、少しの間、失礼いたしておりました。腰の方は何ともございません』


『それはよかったけど……もしかして、仮病? レオンは知っていたの?」


『いえ、私もあれ以来父が会ってくれませんでしたので、ずっと心配しておりました』


『レオン本人も知らなかったなんて……あなた、どういうことか説明してもらえますか?』


『セバスと話し合って、レオンが執事として独り立ちできるか一芝居打って確かめていたんだよ』


『私は本当に心配していたのに……あなたたちも人が悪い』


『すまんすまん、レオンの実力を測るにはいい機会だったからな。セバスは大丈夫だというが、私も急いで確かめる必要があってな、みんなには悪いけど内緒にさせてもらっていた』


『それで、旦那様。レオンの働きはいかがでしたでしょうか?』


『十分すぎる働きだった。これで、どこに出しても問題ない。レオン、ハーゲンについて行ってくれるか?』


『はい、旦那様のご命令であればどこへでも』


『ち、ちょっと待ってくれ。コンラート、私についてくるとはどういうことだい?』


『お前にも執事は必要だろ。いい執事なんてすぐには育たんから、しばらく間レオンを貸そうかと思っているんだ』


『ほんとにいいのかい?』


『ああ、貸すだけだからな。数年したら返してくれよ、そうしないとセバスがいつまでも引退できん』


『旦那様、私はまだまだ引退する気はありません』


『おお、そうだったな。まあ、いずれレオンにはこの家でセバスの跡を継いでもらわないといけないから、ずっとというわけにはいかない。貸している間にお前の執事を育ててくれ』


『それは助かる。知らない人間をうちに入れて大丈夫かと不安に思っていたんだ。レオンなら小さい頃から私もアメリーも知っている。安心して新しい領地に行けるよ』





「という話があっていたんだって」


 パーティーの翌日、エリスにリハビリ後のストレッチをしてもらっているアレンに、昨日の事を話すついでに今朝お母さんから聞いた話も伝えることにした。


「レオンが来てくれるのなら安心だね。セバスチャンのおじさんも大事なくてよかった」


 部屋の中には私とアレンとエリスの三人だけだ。クライブは皇太孫としての勉強中で、エリス付きの近衛兵のベルタさんは呼ばないとアレンの部屋の中までは入ってこない。


「アレン様、横を向いてください」


「こう?」


「はい、痛かったら言ってくださいね」


 エリスはアレンの体をミシミシと音がしそうなほど伸ばしている。


「うっ、効く……れ、レオンさんは、い、いつからおじさんについていくの?」


「明日帰るときには、もう一緒について行くみたいだよ」


「そ、そんなにすぐになんだ……。ぎ、ギブ……。え、エリスちゃん、ちょっと緩めて……」


「畏まりました」


「ふぅ……。フリーデちゃん、寂しがらなかった?」


 エリスはストレッチをやめ、アレンの足を中心にマッサージを始めた。


「うん、朝から食堂で一緒に聞いたんだけど、案外普通だった」


『レオン行ったらダメですの!』とまではいかないけど、急にいなくなるのは嫌じゃないかって思っていたんだけど、『そう、仕方ありませんね』だったんだよね。


「フリーデちゃん、レオンさんに結構懐いていたみたいに思っていたんだけど、違ったのかな」


「レオンさんも子供のころからウェリス家で働いていたから、兄妹みたいな感じだったのかも」


 ウェリス家でお世話になるようになって数か月、二人の様子を見ているけど、執事と貴族の令嬢のロマンス的な感じじゃないんだよね。さっきは兄妹って言ったけど、どっちかというと幼馴染が近いのかな。


「はい、アレン様、今日はこれで終わりです。それではお茶の準備をしてまいります」


 エリスは、メイド部屋でお茶をもらうために部屋を出ていった。

 マッサージが終わった後は、みんなでお茶を飲むのがいつもの流れなんだ。


「そうだ、ティナ、今日は天気もいいからベランダに出てみない? 外も暖かそうだよ」


 この部屋は南向きだから夕方には光が差し込まなくなるけど、中庭に面したベランダにはまだ日が当たっている。確かに暖かそうだ。

 ふふ、いつもはこっちから誘うのに、今日に限ってアレンがそういうのは、私に車いすを押してもらいたいからじゃないかな。


「いい考え。それじゃこっちに来て、肩を貸すよ」


 私がベッドのそばに車いすを用意すると、アレンはベッドの端まで移動してきて、私に向かって両手を伸ばす。私はその両脇に腕を入れ、そのままアレンを引き寄せ抱きかかえる。

 はたから見ると抱き合っているように見えるかもしれないけど、まだ一人で立つことができないアレンを立たせるためには必要な事なのだ。いつものことなのでいちいちドキドキなんてしていられない。ほ、ほんとだよ。


「ティナ、どうしたの?」


「ごめん、それじゃいくよ。いちにのさん!」


「っと! ありがとう」


 アレンをうまく車いすに乗せることができた。車にストッパーを付けてもらっていてよかった。あれが無いと動いて危ないんだよね。


「こいつももう少しで使わなくなるからね、今のうちに使ってあげとかないと」


 そうそう、せっかく鍛冶屋さんがアレンのために作ってくれたんだから、パーティーの時だけじゃもったいない。


 私はアレンを乗せた車いすを押してベランダに向かう。


「あっ、思い出した! この車いすの事なんだけど、どうしてカペル家でお披露目するの?」


 昨日のパーティーでアレンが乗っている車いすは、多くの貴族に人の目に留まることになった。みんな興味があるようだから、車いすだけの発表会を鍛冶屋さんにさせたらどうかってアレンが言ったんだけど、それをカペル家主催でやった方がいいってアレンが言い直したんだよね。


「それは、みんなきっと欲しがるから。みんながみんな、自分のところに早く寄越せって言ったら大変でしょう」


 そうなのかも……貴族の人から身分を盾に言われたら鍛冶屋さんも困っちゃうはずだ。順番なんて付けようものなら、あとからなんて言われるかわからない。


「だから、うちでやるわけね」


「うん、同じ貴族なら、貴族同士の評判を気にして強くは言えないはずだから」


 そこで、順番や数量を調整して鍛冶屋さんに無理のないようにするんだ。


「それでも鍛冶屋さん大丈夫かな。たくさん注文が入るかも」


 地球のように機械で作るわけではないから、一つ作るのにも時間がかかると思う。


「鍛冶屋さんがたくさん人を雇って作るか、お弟子さんを取って他の町でも作れるようにしないといけないかも。一度ボクが話してみるよ。お披露目の打ち合わせもしたいからね」


 その後アレンは、お茶の準備をしてきたエリスに爺やさんを呼んできてもらって、早速鍛冶屋さんに会えるように手はずを整えていた。

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