第88話 天井落ちてこないかな

「広い!」


 会場についてまず驚いたのはその広さだ。ウェリス家の食堂よりも何倍も広い。と言っても地球の大きめの結婚式場位の広さだと思うけど、鉄筋コンクリート造の建物がないこの世界でこの広さはすごいと思う。


「天井落ちてこないかな」


「ここは100年以上昔からありますし、私が生まれる前には大きな地震もあったようですが、その時も大丈夫だったようですよ」


 生まれた時から王都に住んでいるベルタさんがそういうのなら、大丈夫なんだろう……たぶん。


「ティナ様こちらに」


 エリスが指し示す先には来場者に配られるお土産の山が二つあった。


 一つは砂糖をふんだんに使ったお菓子だ。日持ちするので舞踏会のお土産の定番らしい。特に色や形が凝ったものが好まれると聞いていたので、試しに箱の中を覗いてみた……なんか見たことあるかも。名前は忘れちゃったけど、お盆とかのお供え物で見るやつに似ている気がする。


「食器も人気の物が届いてますね」


 もう一つのお土産を見ていたエリスがお皿を持ち上げて眺めている。確かこの食器はカミラさんが選んでくれたんじゃなかったかな。ウェリス家で出されるお皿もセンスがいいんだよね。


「さあ、お二方とも時間がありません。急ぎましょう」


 三人で二つのお土産を一つの袋に入れる作業をしていく。ここは場所は貸してくれるけど、サービスの提供は一切しない。通常のパーティーならば人を雇って準備を進めるんだけど、今日は王族を招くことになっていて信用できない人を中に入れることはしたくない。だって、カチヤが襲われた原因は工作員がいたからだからね。だから、私たち三人とウェリス家の使用人総出で準備を進めているというわけだ。


 ちなみにお父さんとお母さんは、コンラートさんと一緒に今日来られない王様とエルマー殿下に挨拶に行っている。お昼頃には来れると言っていたからそれまでには準備を終わらせておきたい。仕事はこれだけじゃないからね。








「そろそろ、ティナ様の準備を始めないと間に合いません」


 ある程度目途がついた頃、エリスから声をかけられた。


「もう、そんな時間なんだ……」


 確かに、ほとんどの準備はできていると思う。あとはウェリス家の使用人の人たちだけで大丈夫だと思うけど……

 うぅ、これまで動いていて気にならなかったけど、もうすぐ本番の舞踏会が始まるんだよね。緊張してきちゃった。


 その場を他のウェリス家の使用人に任せ、ホール奥の控室まで向かう。エリスによるとそこにドレスが届いているらしい。そして控室に着いた時、最初に入って安全を確認したベルタさんが少し思いついたような仕草をして、『すぐに戻ってまいります。中は安全でしたので入ってお待ちください』と言ってどこかに行ってしまった。


 仕方がないのでエリスと一緒に中に入ると、そこには、初めて見るドレスが掛けてあった


「これは?」


 もしかして私の?


「はい、旦那様と奥様がティナ様の舞踏会デビューのためにといってご用意なされました」


 う、嬉しい!

 でも、こんな可愛らしいドレスって着たことが無いんだけど似合うのかな。


「仕立てをお願いするときに私もご同行させていただき、カミラ様と一緒にティナ様に合いそうなものを選ばせていただきました。お気に召していただけたらいいんですけど……」


「エリスが選んでくれたんだ」


 たぶんサイズもピッタリのはずだ。


「いつの間に行ったの?」


「はい、奥様からティナ様はいつか舞踏会デビューをしないといけないから、王都に着いたらすぐに仕立てるように頼まれておりましたので」


 なるほど、それで、王都の事に詳しいカミラさんにお願いしたんだね。


「教えてくれてもよかったのに」


「カミラ様から絶対に話しちゃダメだって硬く言われてました。申し訳ございません」


 カミラさんらしいよ。それなら仕方がないか。


「それにしても、よく間に合ったね」


 確かオーダーメイドのドレスって、かなり時間がかかったんじゃなかったっけ?


「ええ、思いのほかティナ様のデビューが早くなってしまい焦りました。でも、仕立屋さんの仕事が詰まってなかったようで何とか間に合わせてもらうことができ、ホッとしています」


 そう言って、エリスは文字通り胸を撫でおろしていた。


「さあ、ティナ様。お時間が来てしまいます。早く、着替えましょう」


 私は頷き、メイド服を脱いでエリスに渡していく。そして、真新しいドレスに手を伸ばそうとしたところで、ノックの音とベルタさんの声がした。

 半裸の私が慌てて物陰に隠れると、それを確認したエリスがドアを開け、ベルタさんを招き入れる。


「ティナ様、お待ちください。先にお体をお拭きいたします」


 ベルタさんはタライを乗せたワゴンを運んできていた。タライからは湯気が上がっているから、どこからかお湯をもらってきたんだろう。


「え、いいよ。これからも汗をかくはずだし」


 それに、エリスもベルタさんも私以上に働いていた。二人とも汗をかいているはずなのに私だけスッキリするのは気が引けちゃう。


「ティナ様はこれから多くの殿方と踊って頂かなければなりません。その時に少しでも相手に嫌な気分を感じさせてはならないのです。それに、この素晴らしい衣装に袖を通すのにこのままでいいのですか?」


 アレン以外の殿方にどう思われようと構わないけど、せっかくの衣装が汗臭くなるのはちょっとと思うのも確かだ。


 ということで、エリスとベルタさんに体中を清められ、二人に協力してもらい新しいドレスをまとっていく。


「どうかな?」


 こんなヒラヒラの衣装を着ることになるなんて、地球にいるときには思いもしなかった。


「ティナ様、お美しゅうございます」


 ありがとう、エリス。サイズもぴったりだったよ。


「ティナ様、可愛らしいですよ。御髪おぐしの色とよく合っています。これにはアレン様もたまらないのではないでしょうか」


「えっ! ベルタさんアレン様とのことは……」


 ベルタさんは私の手をとり、優しく微笑んでこう言ってくれた。


「ふふふ、お二人のことは、近衛兵のみんなが知っております。応援してますよ」


 アレンとのことは王様や王妃様たちにしか話してないと思っていたんだけど、近衛兵のみんなに広まっていたよ。もしかしてフランクさんが私の名前を知ってたのもそれが原因なの?


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※お土産のお菓子は落雁らくがんをイメージしてください。

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