第87話 ティナ様、お尻は痛くありませんか?

「ティナ様、お尻は痛くありませんか?」


「は、はい、大丈夫です。ベルタさん、私はこの馬車にもよく乗っているんですよ」


「あっ、そうでしたね。休息日にはメイド服で王宮まで来られてました」


 三人でひとしきり笑う。

 今日の馬車は使用人用だから、座席の下からは石畳を走る車輪の振動がかなり伝わってくる。でも、私はこの馬車が好き。いつも言っているけど、外を見ることができるからね。


「街路樹の葉が落ちちゃってるね」


 すでに11の月の半ばになっていて、車窓からの景色はもうすぐ来る冬の訪れを示していた。


 車内には三人のメイド服を着た女性が座っている。一人は私で、あとは私専属のメイドのエリスとエリス付きの近衛兵のベルタさんだ。

 今日は、ウェリス家の馬車もカペル家の馬車も使用済みで、この馬車しか空いてなかったということもあるんだけど、パーティーの準備のため私も作業を手伝う必要があったから、最初からメイド服を着てきたんだよね。この前出来上がった、私用のメイド服も着てみたかったし。えっ、なんでわざわざ作ったのかって……だってエリスのは、ちょっとだけほんとにちょっとだけ胸のあたりが大きくて、そこだけぶかぶかで……んっ、ん! とにかく、今日はサイズもぴったりだから作業もいつもより頑張れるはずだ。うん!


「ティナ様、そろそろ冬支度をしないといけませんね。ただ今日は、風は寒そうですが会場の中は動くと暑いかもしれませんよ」


 確かに空は雲一つない良い天気。建物の中は暖かくなるかもしれないな。


 馬車は規則正しい音を響かせ、王都で一番大きなパーティー会場まで向かっている。もうそろそろ到着するというときに、ふとあることに気が付いた。


「ベルタさん、こんなに近衛兵の人がいて王宮の方は大丈夫なのですか?」


 道のあちらこちらにたくさんの兵士さんがいたのだ。たぶん不審者が近づかないか警戒に当たっているんだと思う。確かに今日は王族のクライブとアレンが来てくれることになっているけど、王宮には王様とエルマー殿下が残っているはずだ。警備が分散されたら危ないんじゃないのかなあ。


「ティナ様、ご心配には及びません。要所は我々近衛兵が守っておりますが、それ以外のところは王都の騎士団に応援をお願いしております」


 よく見ると、軍服の色が違う人たちが混じっている。あっ、エリックさんたちと同じ色だ。そういえば、エリックさんって王都の騎士団だった。


 やがて、目的の場所に到着した馬車は、馬のいななきと共に停車した。


「ティナ様、急ぎましょう。もう荷物が到着しているはずです」


 私とエリスとベルタさんの三人は、馬車を降り会場の裏口へと向かう。

 そこには王宮のどこかで見たことのある、背の高い近衛兵のお兄さんが立っていた。


「ティナ様、エリス様、おはようございます。ここから先は、許可されたもの以外を通すことはできません。皆様、許可証はお持ちですか?」


「おはようございます。許可証ならベルタ様がお持ちです」


 許可証って何のことかって思っていたら、ちゃんとエリスとベルタさんで用意してくれていた。一安心。それよりも、このお兄さんとは話したことないと思うんだけど、よく私の名前知っていたよね。あ、そうか。エリスが近衛兵さんの警護対象だから、私はついでに覚えてもらっているんだ……よね?


「フランク、許可証はこれだ」


 フランクさんと言うんだ。今日はこれからお世話になるんだし、しっかりと覚えておこう。

 ベルタさんは三人分の許可証を手渡し、それを見たフランクさんは『はい、確認しました。どうぞ、お進みください』と言って私たちを通してくれた。


「ベルタさんも許可証がいるんですね」


 廊下を進みながら、気になったので聞いてみた。だって、同じ近衛兵なんだから顔パスでいいような気がするじゃない。


「はい、ティナ様。任務が異なる場合は、そこの規則に従うようになっています」


 そうなんだ。フランクさんは会場の警備でベルタさんはエリスの警護。確かに違う任務だけど、そこまでやる必要があるのかな。


「そうですね。ただ、任務内容によっては同じ仲間であっても、入れない場所や話すことができない場合があります。だから、面倒くさいかもしれませんが規則通りにやることが必要なのです。もちろん、事が起こった場合には何よりも王族の方の身の安全が最優先です」


 そして最後に一言。休暇中に街で他の近衛兵に会ったとしても、任務中かもしれないから基本的に知らないふりをするんだって。すごい!


「なるほど、それでベルタさんもフランクさんも他人行儀だったんですね」


 エリス、どういうこと?


「ティナ様、お気づきになりませんでした。お二人ともよく似ておられたでしょう」


 そう言われてみたら、目元とか口元とか髪の色とか似ていたかも。


「ええ、フランクは弟になります」


 そうベルタさんは笑顔で話してくれた。きっと普段から仲がいい姉弟なんだろうな。


 それにしても近衛兵さんは徹底しているよ。それなら、今日の警備も安心できそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る