第86話 それでは予定通りいけそうだな

「おい、レオン。楽隊への確認はどうなっている」


「はい、旦那様。先ほど知らせが届きました。楽器の設置も滞りなく済んだようです」


「そうか、あとは……」


「料理人も材料の準備も問題なく進んでおります」


「わかった。本番は明日だからな。間違いがあってはハーゲンに申し訳が立たん。そうだ! 警備の方はどうなっている?」


「それは、近衛兵の方にお任せすることになっております」


「おお、そうだったな。少し確認したいから、呼んできてもらえるか」


『畏まりました』といって、レオンさんは部屋を出ていった。


「すまんな、コンラート。私が役に立たないばかりに」


「なあに、気にするな。明日の主役はお前たちだ。準備は俺たちに任せておけ!」


 パーティーの前日だというのに私とお父さんは、コンラートさんの部屋のソファーに座ってコンラートさんとレオンさんの様子を眺めている。王都のことをあまり知らない私たちでは役に立たないから仕方がないんだけど、なんだか申し訳ない。コンラートさん、レオンさん、ほんと、頼りにしています。


 昨日再び王都にやってきたお父さんは、王様に男爵の位とカチヤの街を返上し、その場で新たに伯爵の位と南部の海に面した広大な土地を下賜された。

 貴族が陞爵しょうしゃくされたり新たに爵位を貰ったりした場合は、すぐにお祝いの席を設けるのがしきたりらしく、カペル家でも明日パーティーを開く予定だ。もちろん、爵位を貰いました、それじゃあといって開いたとしても誰も来てくれないので、一か月前にお父さんが王様から内示を貰ったあとから準備を始めていて、王都やその近郊に住む貴族の方々にも招待状を発送済みなのだ。そして、その準備の中心にいるのがコンラートさんとレオンさん。本来なら私たちがやらないといけないんだけど、王都にあまり縁のないカペル家の人間では、準備ひとつとっても手間暇てまひまかかってしまう。さっきコンラートさんが言っていた楽隊だってどこに頼んだらいいのかわからないんだよね。一事が万事こんな調子だから、知識も豊富で顔も広いコンラートさんとセバスチャンさんに、ほとんど丸投げ状態でお願いすることにしたんだ。ただ頼みのセバスチャンさんが、先週腰を痛めて戦線を離脱してしまい、その代わりをレオンさんに引き継いで貰って今に至っている。


 それにしてもレオンさん。いつもセバスチャンさんの後ろに控えているから、執事の仕事の勉強中なのかなって思っていたけど、いやいやどうして、何でもそつなくこなして十分過ぎる働きだよ。今度カペル家でも執事を雇わないといけないんだよね。誰かレオンさんみたいなしっかりした人を紹介してくれないかな……


「失礼いたします。コンラート様、近衛兵の方をお連れしました」


 戻ってきたレオンさんの後ろには、エリスに付いている王家のメイドさんのベルタさんが控えていた。


「お、そうか。執務室にお通ししてくれ」


 コンラートさんは部屋の奥にある扉に向かって歩き、ドアノブに手をかけたところでこちらに振り向いた。


「あ、ティナも一緒に来てくれないか」


「え、私も?」


 慌てて、コンラートさんの後をついていく。後ろでお父さんがなんだか寂しそうにしていた気がするけど、明日は主役なんだからそこで張り切ってもらおう。






 コンラートさんの執務室の机の上には、明日のパーティー会場の図面が置いてあった。


「すまんが、二人ともそこに掛けてくれ。それで、明日は王家の方がお見えになる。万一のことがあっては一大事だ。ベルタ、警備の予定について聞いても構わないか?」


 私とベルタさんはコンラートさんの指示通りに、執務机の前に用意してあった椅子に並んで腰かける。

 ベルタさんは、エリスの警護のためにウェリス家に派遣されている数人の女性の近衛兵さんの中でも責任者だと言っていた。きっと、明日の警備計画も知らされていると思う。


「上司より、必要に応じてウェリス卿と情報の共有をするように指示を受けております。ただ、すべてをお話することはできませんがよろしいでしょうか?」


 コンラートさんは軍務省の大臣だから、ベルタさんたち近衛兵の上司かというとそうではないらしい。なんでも軍務省の管轄は騎士団と海軍で、近衛兵は王家直属の兵隊さんなんだって。だから、いくらコンラートさんでも近衛兵に直接命令することはできないみたい。


「ああ、構わないよ。何よりも殿下の安全が第一だからな」


 王家の方々にはそれぞれ招待状を出した。その中で出席の返事が来たのはクライブとアレン。王様や王妃様、それにエルマー殿下、クラーラ皇太子妃からは欠席の知らせが届いている。こういう会が催される時に王家の誰かが出席する場合、警備全般を近衛兵さんが受け持つことになるらしい。今回もクライブとアレンが来るので、近衛兵さんの主導で警備が行われる予定だ。でも、どんな計画か知らないと、いざというときにどう行動したらいいかわからないから、コンラートさんは尋ねているんだと思う。確かに情報のすり合わせは大事だよね。


 ということで、コンラートさんとベルタさんは、地図の上で明日の警備状況を確認していっているんだけど、なんで、私が呼ばれたんだろう……


「それで、ティナ。アレン様のことだか……」


「え、アレン様がどうかしましたか?」


 まさか、あんなに楽しみにしているのに、やっぱり危険だから来てはダメなんて言わないよね……


「アレン様はその……足の方はどうなのだろうか。何か用意するものとか……」


 あ、足ね、よかった。その事なら私が一番よく知っている。


「アレン様は明日特別な椅子に乗って来られますので、特に準備は必要ないです」


「特別な椅子に乗って来る???」


 コンラートさんは目を白黒させている。椅子に乗って来るというのが理解できないらしい。

 そこで私は、明日お披露目する予定のアレンの車いすについて話をした。


「ほほー、その椅子を使うと座ったままで移動ができるんだね」


「はい、階段とかは無理ですが、人が押してあげることによって自由に動くことができます」


 地球の車いすのようにタイヤに持ち手をつけて、自分自身で動かせるようなものを作るのには時間が足りなかったけど、背中から押してあげるタイプの物は鍛冶屋さんが作ってくれた。昨日やっと王宮に届いたんだよね。ほんと、間に合ってよかったよ。


「段差が無理なのか……会場の中は良いが、入り口はどうするんだい。確か階段だったろう」


「馬車を降りられたアレン様は、我々近衛兵が責任もって会場までお連れいたします」


 昨日早速、近衛兵のファビアンさんとルーカスさんにお願いして、車いすに乗った状態のアレンを運ぶ練習をやった。二人で楽々と抱えていたから、階段があっても問題なく連れてきてくれると思う。


「そうか、それでは予定通りいけそうだな」


 あとは、明日を待つだけかな。みんな楽しんでくれたらいいな。

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