第84話 無理矢理馬車に押し込んで送り出したよ

 ゆっくりとドアを開け、お茶のセットの載せたワゴンを部屋の中に運び入れる。

 部屋の中では、今日のノルマをすませたアレンがベッドに腰かけて本を読んでいた。


「おまたせ、すぐにお茶を入れるね」


「ありがとう。場所はすぐに分かった?」


「うん、エリスから聞いていたからね」


 メイドさんたちの控室がアレンとクライブの部屋の近くにあって、そこでお湯を貰うことができた。その時にメイドさんたちと少し話をしたんだけど、アレンの好きそうなお茶の銘柄とかも聞けたから大収穫だったよ。本人はどれでも美味しいって言って、ハッキリと教えてくれないんだよね。

 ということで、今日のお茶は王家のメイドさんのお勧めだけど、美味しくいれることができたかな……ドキドキしながらアレンに渡してみる。


「あ、美味しい」


 よかった。エリスやセバスチャンさんが入れるところをじっくりと見ていた甲斐があった。


「……ねえ、ティナ。寂しくないの?」


 私が椅子に座るのを待って、アレンが聞いてきた。


「……うん、寂しいよ。でも、一人で動くことができるようになっているから。エリスがいなくても大丈夫なように、今のうちから慣れておかないと……」


 お父さんたちがカチヤに戻ってから半月。エリスは、クライブとの結婚について両親に許しをもらうために今朝カチヤに向かって旅立った。

 なんとその道中は、王家からの馬車が送り迎えをしてくれるということなので、エリスは今頃、快適な馬車の旅を楽しんでいるはずだ。ただ、まだ公に発表していないから、カペル家への使者の一人としての扱いだけどね。


「エリスはティナと離れるの嫌がったんじゃないの?」


「うん、ギリギリまで行きたくないって言っていたけど、近衛兵のお姉さんと一緒に無理矢理馬車に押し込んで送り出してきたよ」


 今回の件で近衛兵の人たちの中に女性がいるって初めて知った。いつもは王妃様や皇太子妃様のお傍にいて、身の回りの世話や警護をになっているらしい。なんで今まで気づかなかったかって、だってこの人たち王宮の中ではメイドさんの格好をしているんだよ。まさかあのお姉さんたちが、ファビアンさんたちと対等に渡り合えるくらい強いなんて思わないじゃない。

 そして、王様がエリスのことを条件付きとはいえクライブのお妃候補の筆頭と認めたので、それ以来エリスの周りには安全確保のため常に女性の近衛兵が付き従うようになった。もちろん、目立ってはいけないので近衛兵のお姉さんたちの格好はメイド服。そのため、ウェリス家ではメイドのエリスのそばにメイドが控えているという奇妙な状態になっている。エリスは迷惑そうにしていたけど、これも好きな人と一緒になるために必要な事なんだから我慢しないとね。


「そうか、しばらく寂しくなるね」


 エリスが戻ってくるまで一週間くらいかな。すぐに戻って来るって言っていたけど、カチヤまでは馬車で片道3日かかる。王家の馬車に乗っているんだから、まさか私たちが王都に逃げてきたときのように夜通し走ることはしないだろう。


「そうだ、会場はどうなったの?」


「セバスチャンさんにお願いしているよ」


 何のことかというと、お父さんの陞爵しょうしゃく祝いのパーティー会場の話。

 王都では貴族の屋敷は決められた場所にしか作ることができない。そのため、どこの貴族も場所を取る舞踏会用のホールを自前で持っていないらしい。というのも、王都全体でみると舞踏会は頻繁に行われているみたいだけど、各貴族が主催でやる回数は数年に一度かよくて年に一度位なんだって。確かにそれだったらわざわざ広いホールなんて作らないよね、掃除とかも大変そうだもん。

 その代わり、王都には舞踏会も開ける大きなホールがいくつか用意されている。もちろん有料だけど、自前で用意するよりはかなり安上がりなのだ。


「どれくらいのところを借りたの?」


「コンラートさんが一番大きなところがいいだろうって」


 どうしてそんなにって思ったんだけど、コンラートさんによるとここ十年くらい新たに伯爵位をもらった貴族はいないらしくて、きっと王都中の貴族がお祝いに来るはずだから、広くないと困ることになるよって。

 でも、理由はそれだけじゃないんだ。


「そんなに人が来るんだ……ボクが行って邪魔にならないかな」


「アレンのために特等席を用意しておくよ。それに、鍛冶屋さんにあれも頼んでいるから、動くこともできるし元気なところを王都の人たちに見せるいい機会だよ」


 アレンが目覚めてから王都の人に顔を見せる機会はまだない。ようやく改造ワゴンを使ってトイレに行けるようになったばかりで、王宮のベランダから手を振って応えるなんてことはしばらく無理だろう。

 だから、アレンに会いたい人も来るんじゃないかって思っているんだ。


「間に合うかな、あれ」


「鍛冶屋さんが『これができたら困った人を救える』って張り切っていたから、きっと間に合わせてくれるよ」


「そうか、楽しみだね」


 アレンがカペル家のパーティーに行きたいって言った時には無理だろうと思ったけど、アレンのリハビリ用にワゴンを改造してくれた鍛冶屋さんに、ダメ元で地球にあったあれの話をしたら興味を持ってくれたんだ。あ、あれって言うのは車いすのこと。サイズと形状を変えたら乳母車も作ることができるんじゃないかな。作り方を教えたら鍛冶屋さんも喜んでくれたよ。

 それにしても、アレンに絵心があってよかった。アレンの部屋がある場所は王家のプライベートな空間だから特別な人しか入れない。まだ歩けず自分の部屋から遠くに行けないアレンと鍛冶屋さんを会わせる手段がなかったからね。私だけで鍛冶屋さんに伝えてもたぶん無理だったと思う。


 コンコン!


「兄上、ティナ、入るよ」


 お、クライブが戻ってきた。聞きたいことがあったんだ。


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いつもお読みいただきありがとうございます。

本日本編完結済み作品『おはようから始まる国づくり』に追加エピソードを投稿しました。

少年少女たちが二つの世界を行き来しながら、自分たちの生活を良くしようと努力していく物語です。主人公の男の子はあっちでは女の子で、恋をしたり出産したりしています。他にも性別が変わっている子が数人……

まだ、ご覧になられたことない方、ご興味のある方、リンクは下に貼ってますのでよよろしくお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/16816700426599329790

宣伝失礼しました!

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