第83話 まだ大丈夫じゃないけど、大丈夫だよ
「お姉さま、大丈夫ですか? 昨日は急に静かになられたかと思ったら、そのまま眠ってらっしゃるのですもの、驚きました」
休息日で学校が休みの朝、部屋のドアを開けるとちょうどフリーデも廊下に出てきていた。
「おはよう、フリーデ。心配かけてごめんね。まだ大丈夫じゃないけど、大丈夫だよ」
「……よくわかりませんが、無理なさらないでくださいね」
うう、昨日は変なところ見せちゃったな。いいお姉ちゃんでいようと思ったのに失敗しちゃったよ。
足元が
「おはようございます……」
「おはよう、ティナ。いい経験になっただろう」
「うん、お酒はもうやめる」
「別にそこまでしなくてもいいと思うが、これから先いくらでもこんな機会はあるから、自分がどれだけ飲めるかを知っておく必要はあるな」
「そうですよ。あとは、飲んだ時の言葉遣い。昨夜は途中からコンラートさんに対してもタメ口で話してましたからね。気が気でありませんでしたよ」
そうなんだ。全くわからなかった。
「おはよう、みんな。お、ティナも起きることができたようだね」
コンラートさんとカミラさんが、セバスチャンさんと一緒にやってきた。
「おはようございます、コンラートさん。ごめんなさい。昨日は失礼なことをいいませんでしたか?」
途中から何を話したかよく覚えていない……
「あはは、まあ許容範囲だったかな。でも、いつものティナと違っていたから、これはこれで可愛らしかったよ」
うぅ。
「そうですの? お父様がそう思われてるのなら、私もお姉さまの真似してお話してみようかな」
「ダメ! フリーデは今のままが可愛いから、そのままでいて」
よく覚えてないけど、真似されたらきっと黒歴史になっちゃうよ。
「さあさあ、急いで食事にしよう。ハーゲンたちがいつまでも出発できない」
コンラートさんの合図で、私たちの目の前にあたたかな料理が運ばれてきた。
みんなと食べる賑やかな朝食が終わり、とうとうカチヤへ帰るお父さんとお母さんを見送る時間がやってきた。二人は、先ほどまでと打って変わって神妙な面持ちで屋敷の前に横付けされたカペル家の馬車の前に立ち、私たちの方を向いている。
「コンラート様、カミラ様、大変お世話になりました。また、これからもティナのことをよろしくお願いします」
お父さんとお母さんは、コンラートさんとカミラさんに向かって
「誰も見てやしないのに相変わらず……まあいい、ティナのことは任せておいてくれ。カペル卿、アメリー夫人、道中気をつけて」
お父さんとコンラートさんの関係性がよく分かった。二人は大の仲良しなんだね。そして相手が困らないように常に気を使っている。男同士の友情とかよくわからないけど、もしかしたらこういうのを言うのかな。
「それじゃ、ティナ。また一か月後に来るから、それまで元気で過ごすんだよ」
お父さんも無理しないでね。
「ティナ、体に気を付けるのよ」
うん、お母さん、また一緒に温泉入ろうね。
二人はギリギリまで私を抱きしめてくれ、そして、カチヤに向けて出発していった。
「さてと、ハーゲンたちも帰ったことだし、これからのことについて話をしたい。二人ともいいかな」
私とエリスはコンラートさんの部屋まで向かった。
「二人ともそこに座りなさい」
「あの、私は……」
「これから大事な話をするから、エリスも一緒に聞きなさい」
コンラートさんは、執務机の前に置いてあるソファーにエリスも一緒に座るように言った。通常、メイドであるエリスが主人である私の隣に座ることはありえない。私はエリスとは対等な友達だと思っているけど、貴族社会ではそれを表に出すことはタブー視される。だから、私とエリスはアレンとクライブの前以外では主人とメイドという立場を崩したことは無いんだけど、それをコンラートさん自ら言うということは、これからはメイドとしてのエリスとクライブのお妃候補としてのエリスとの使い分けが必要になって来るのかもしれない。
言われた通り二人でソファーに並んで座り、コンラートさんが話し始めるのを待っている。隣のエリスはなんだか居心地が悪そうだ。
「それでは、始めようか。まずは、エリス。私が改めて陛下のご意向を伺ってくるから、その返事を待って一度ご両親と話をしてきなさい」
「父さんと母さんにですか?」
そうそう、エリスのお父さんとお母さんを無視して話を進めるわけにはいかないよ。
「ああ、ハーゲンがカチヤに戻ってから下話をすることになっているが、エリスも直接話してみたいだろう」
お父さんが話に行くのか。
「ねえ、エリス。おじさん、急にお父さんからクライブ殿下のお嫁さんになるって聞いて驚かないかな」
「驚くとは思いますが、元々私は父さんの後を継ぐ予定ではありません。それに、将来は好きにしていいと言われているので、反対はしないともいます」
とはいえ、おじさんもさすがに将来の王妃様になるとは予想してないよね。腰抜かすんじゃないかな。
「カミルさんだったかな。エリスのお父さんも、いくら領主のハーゲンから話をされたとしても、エリスから直接話を聞きたいと思うはずだから、カチヤに帰る心づもりをしておきなさい」
「コンラート様、私はティナ様のお傍を離れたくないのですが……」
「いやいや、一生の大事なんだから、私のことは気にしないで行っておいで」
私も日常生活は問題なくできるようになっているからね。将来はエリスとは離れ離れになるんだし、寂しいけど慣れておくにはいい機会かもしれない。
「そうだよ、それに結婚は親の了解なしに決められないんだから、ちゃんと話してくること。そして、カミルさんとの話が済んだら、ギーセン卿に改めて養子にしていただくお願いに行く。それからエリスは、王妃になるための教養を身に付けなければならないな」
エリスは貴族としての身だしなみは知っているけど、王妃となるとまた別物なんだね。
「コンラートさん、エリスが王妃になるための勉強はギーセンさんのところでやるのですか?」
「うーん、それはギーセン卿と話してみないとわからないが、カミラがいい先生を知っているから、うちでやることになるんじゃないかな」
そうか、今の王妃様のビアンカさんはカミラさんのお姉さんだ。たぶんその時の先生を知っているんだろう。ちなみにエリスが王妃様になるための勉強を始めるのは私が南部の領地に行ってから、それまでは私のメイドとして近くにいてくれる予定だ。それから一年くらい勉強をして、準備が整ったら正式にクライブの婚約者として国の内外に知らせることになるんだって。
「あとは、ティナの方だが……」
「私の方はアレン様が歩けるようになってから、改めて直接国王陛下とエルマー殿下にお願いに行くことにしています」
王様とエルマー殿下には王妃様とクラーラ様から話をしてもらっているけど、こういうものはやっぱり直接お願いしないと気分が落ち着かないよね。
「そうか、私にできることがあったらいつでも言うんだよ。ハーゲンからも頼まれているからね」
コンラートさんにはお世話になりっぱなしだよ。ほんと感謝しています。
そして、コンラートさんとの話を終えた私とエリスは、いつものようにアレンが待つ王宮へと向かった。
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