第80話 案外普通なのですね

 翌日、今日の予定がなくなったお父さんをウェリス家に残し、私は学校へ、エリスは王宮へと向かう。コンラートさんは、夜遅くに帰って来て朝早くに出ていったみたいだから、詳しい状況は分からない。

 そこで私は、いつものように登校してきたクライブにそっと聞いてみることにした。


「どうだったの?」


 クライブは辺りを見回し、私の耳元まで寄ってきてささやいた。


「うん、父上が教皇国の使者と今日面会するみたい」


 そうか、急にそれが入ったからお父さんの謁見は延期になったんだ。


「どんな事を話すのかな」


「前もって使者の人に聞いているみたいだけど、悪い話ではなかったみたいだよ」


 アレンの言う通り、宣戦布告されるわけでもないのかな。でも、どんな話だろう。気になるよね。


「面会の時にクライブは一緒にいなくてよかったの?」


 皇太孫として将来王様になる勉強をしているはずだから、こういうのはいい経験になると思うんだけど。


「うん、教皇国が何を考えてるかわからないから、みんな一緒にはいない方がいいだろうって」


 なるほど、王様とエルマー殿下、それにクライブが一緒にいて、そこでテロなんかやられたら王国は大変だ。他に王位継承者はいるみたいだけど、しばらくは混乱が治まらないだろう。


「ここは大丈夫なの?」


 カチヤが襲われてた時には教皇国の工作員が入り込んでいた。もしかしたら王都にもいるかもしれない。


「そうだね、学校の敷地内は元々関係者以外立ち入り禁止だし、門には近衛兵の人たちもいてくれてるよ」


 送り迎えの馬車にもファビアンさんやルーカスさんが付き添ってくれるし、その周りも近衛兵の人たちが馬で付いて来ているんだよね。100%ではないかもしれないけど、安全には気を使っているみたい。


 それにしても、教皇国の人たちは何のために来たんだろう。クライブの言うように悪い話じゃないのならいいんだけどな。






 学校が終わり王宮についた私たちは、いつものようにアレンのリハビリを手伝っている。


「うーん、立てるようになるにはもう少し必要か……」


 ベッドの端に座ったアレンは、以前よりも太くなってきた自分の足をさすっている。体を支えるのには足の筋肉だけ鍛えてもだめだけど、以前よりは体全体がふっくらとしてきたんだよね。ただ、立って歩けるようになるにはもうちょっとかかるかな。


「そうだね、あと少しかもね」


「ティナもそう思うでしょ。早速、今日の訓練を始めたいんだけど、クライブはまだかな」


 クライブもいつものように私と一緒に王宮の裏口から入ったんだけど、門番の人からエルマー殿下から呼ばれていると聞いてそっちに向かって行った。たぶん、今日の教皇国のことについて話を聞いているんだと思う。


「もうすぐ来るんじゃないかな。お茶でも飲んで待ってよ。ほら、ちょうどエリスも戻って来たし」


 エリスがドアを開け、改造していないワゴンでお茶とお菓子を運んできた。




「ティナ様もアレン様のように頑張っておられましたが、ティナ様……ユキ様のおられた世界でも、歩くようになるためには皆さんご苦労なさるのですか?」


 三人でお茶を飲みながら、いつものように他愛も無いことを話す。


「重い荷物を持つときに補助してくれる機械とかもあったけど、自分の足で歩くためには努力しないといけなかったよ」


 話でしかわからないけど、地球でもリハビリは大変だと聞いたことがある。確か、寝たきりの人がいきなり歩けるようにはなってなかったはずだ。

 エリスには地球のいろんな話を聞かせているから、便利な世界なのにどうして苦労するのか不思議なんだろう。


「お話を伺って、いろんなものがあって勉強もできて、どんなに素晴らしい世界なのかと思っておりましたが、案外普通なのですね」


 どちらの世界がいいかなんて比べられないけど、こっちの世界も楽しいよ。でもそれは、一緒にいたい人が近くにいるからなのかな。


 その時、廊下からタタタっと小走りで駆けてくる足音が聞こえた。クライブかな、急いでいるようだけどもしかして……


「お待たせしました、兄上。早速始めましょう!」


 よかった。この様子なら、教皇国の人たちの話も悪いものではなかったようだ。

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