第79話 ボクはティナからそんなに離れないから関係ないよ

 アレンの部屋で私たちの帰りを待っていたエリスに、二人のことを王様に伝えることができたと報告する。


 エリスは喜びで泣き崩れるようなことは……無く、淡々と『ありがとうございました』と言ったけど、顔はほころんでいた。うつむいていても、私には見えたよ。


 そしてアレンの中に戻ったデュークは、体の具合を確かめながら呟いた。


「うーん、体があると物を触れたりできて便利だけど、動くのに制約があっていけないね」


 ……私について来ているときも5メートル以上離れられないんだから、かなりの制約になるんじゃないかな?


「ボクはティナからそんなに離れないから関係ないよ」


 そうかもしれないけど……まあ、いいや。


「ねえ、アレン。そろそろ教えて欲しいのだけど、あの時、爺やさんはなんて言っていたの?」


「まあまあ、まずは今日の分の訓練をしたいからみんな手伝ってくれるかな」


 歩く練習はみんなが揃ってないとできないし、一日休むと取り戻すのに時間がかかる。だから、アレンの言うこともわかるけど……

 ベッドの端まで自力で移動してきたアレンを、エリスと二人で抱え、立たせる。そこにクライブが、食事を運ぶときに使うワゴン(鍛冶屋さんに頼んでリハビリ用に改造してもらったもの)を持ってきて、アレンを掴まらせる。ワゴンはクライブが支えているし、私とエリスがアレンを後ろから掴んでいるから、転ぶ心配はないだろう。


「教皇国の使者が来たんだって」


 アレンは体を前に倒しながら話し出した。


「えっ! 何で?」「本当ですか兄上!」


「り、理由までは言わなかったけど、爺やがあんなに慌てていたんだから、緊急を要することだ……けは確かだろう……ね!」


 アレンは足を動かそうと必死だ。


「また、戦争になるのかな……」


「うーん、もうちょっとなんだけどな……ちょっと休憩。あいつらは一度はカチヤを占領したかもしれないけど、あれは奇襲だから成功したんであって、結局すぐに追い返さられたよね。わざわざ使者までたてて、もう一度攻め込むことは無いんじゃないかな。無駄だし。そうだな、もしかしたら、教皇国で何かあったのかもね。よし、休憩終わり。ふん!」


 アレンは再度足に力をこめる。しかし、残念ながら一歩も進むことはできない。まだ、足の筋肉が十分じゃないのだ。


「兄上、これまで僕たちがやってきたことが無駄になったりしませんか?」


 せっかくエリスとの仲を認めてもらえそうなのにって、クライブが心配になるのもわかるよ。


「きょ、教皇国の使者が……、んっ、向こうのお姫様をクライブのお嫁さんに……したいって言ってきたのならわからないけ……ど、ふう、それはありえないから心配しなくていいよ」


 教皇国は宗教指導者が国をべることになっていて、その宗教指導者になるためには男も女も貞操ていそうを守っておかないといけないらしい。だから、お姫様や王子様がいるはずはないんだって。


「それでは、僕たちはこれからどうしたらいいのでしょうか?」


「少し予定がずれるかもしれないけど、ボクたちができることをやっていこう。外交は大人の仕事だよ」


 ワゴンに寄りかかって、真面目な顔で話すアレンを見ながら、予定がずれるんなら舞踏会無くならないかなって思っていたのは内緒だ。






 それから、夕方までアレンのリハビリに付き合っていたけど、王様からの呼び出しは無かったので帰ることにした。アレンの部屋の近くにある空き部屋を借りて、王様に会うための服装からエリスに借りたメイド服に着替え、ウェリス家の使用人用の馬車に乗り込む。

 この馬車はほんといいよ、何と言っても外を見ることができるからね。そのためだけにメイド服に着替えるのだって、全然苦痛にならない。ほら、車窓から見える街路樹も色づき始めているでしょう。うん、秋だよね。私は日本人だったから季節の移り変わりを見るのが大好きだ。本当に王国に四季があってよかったと思うよ。


「ティナ様、寒くありませんか」


 エリスが私にブランケットを渡してきた。確かに日も落ち始めているせいか、窓から流れ込む風も肌寒く感じる。


「ありがとう。エリスも寒いでしょう。窓、閉めとくね」


 この馬車の窓にはガラスが入っているから、閉めても外を見ることに支障はない。


「これからどうなるのでしょうか」


 エリスは自分の足にもブランケットをかけながらそう呟いた。


「アレンは大人たちに任せて、成り行きに任せようって言ったけど、心配だよね」


 一方的にカチヤの街を攻め込んできた教皇国が、何のために使者を送って来たのか気になる。改めて宣戦布告をしてきて……アレンはありえないって言ったけど……もう戦争は嫌だな。窓の外の平和そうな景色を見ながらそう考えていた。





 ウェリス家に戻ると、内務省からお父さんだけが帰ってきていて、明日の王様への謁見の延期とコンラートさんは今日は帰れないかもという話を聞いた。


「内務省でコンラートと一緒に資料を見ていたら、急に王宮から使いが来てね。コンラートが慌てて出ていったんだ。先にここに戻って待っていたら、さらに明日の謁見が延期というだろう。いったい何があったのかティナは知らないかい?」


「ううん、私が王様と会っているときに何か報せが来てたけど、その内容までは知らないよ」


 デュークがこっそりと聞いていて知っているけど、機密情報のはずだからいくらお父さんでも話したらダメだろう。


 それにしても、謁見が延期か……この先どうなるのかな。

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