第74話 もう一度カレーを食べたい!
「ほんと、よかった。アレン様がティナとエリスに引きずりまわされているのかと思った。陛下になんとお詫びしたらいいかと焦ったよ」
アレンはまだ足を上手く動かすことができないから、時折そうなっちゃう。それでも、少しずつでもやっていかないと前には進めない。周りの目を気にしてもしょうがないとは思うけど、確かに
「コンラートさん、驚かせてごめんなさい。ボクがまだ力が無くて、ああなってしまうこともあるんです」
アレンをベッドに座らせ、コンラートさんと二人でその横に座った。ちなみにエリスは、お茶の用意をしてくれている。
「そうでしたか、でも、あまりお急ぎにならなくてもいいのではないですか?」
「いえ、そういうわけには参りません。すぐにでも動けるようになってティナを支えたいのです。それで資料の方を見せていただけますか?」
「おお、そうだった。それではこれを見てもらえますか」
コンラートさんは、アレンのベッドの上に恐らくマル秘資料であるいくつかの冊子を置いた。
「南部の資料が少ないようですね」
腕が疲れたというアレンのために冊子をめくってあげて、一緒に見ている。……と言っても私はただ眺めているだけなんだけどね。
「ええ、内務省も手を尽くしてくれたようですが、未だ調査の入っていないところもあるみたいで、思ったように資料が揃いませんでした」
コンラートさんは、エリスが入れてくれたお茶を飲みながら返事をしてくれた。
南部か……そういえばエリスが王国に編入されたばかりだと言っていたな。
「エリザベートちゃんの所はどうなのですか?」
「ギーセン卿もご子息の方が領地にいて、調査や開拓に力を注いでおられるようだが、南部は未開の地という印象が強くてなかなか人手が集まっていないようなのだ」
この世界には機械が無いから、何をやるにも人がやらないといけないんだよね。
あ、そうだ、ついでに聞いておこう。
「それで、ギーセンさんのことで何かわかりましたか?」
「ああ、その事だが、まだはっきりとは言えないけど、着実に領地経営をされているようだし、悪い噂も届いてないようだね」
「ん? ギーセンさんがどうかしたの?」
冊子から目を外しこちらを向いたアレンに、ギーセン伯爵家がエリスの養子先候補だと伝えた。
「エリスちゃんがギーセンさんのところに行くのか……」
「行くと言っても住むわけではないけどね」
「それでも、カペル家との繋がりができるよね……」
エリスはきっと、どこに行っても私たちのために協力してくれるだろう。そういう点でいえば、一時的な養子であっても縁ができるのは間違いないと思う。まあ、ご当主さんがそういうことを気にしない人なら関係ないだろうけどね。
「コンラートさん、この資料をお借りすることはできますか?」
「アレン様、申し訳ありません。機密情報も含まれておりますので……」
そうだと思う。近隣の貴族の所有兵力とかの項目もあった。こういうのが間違って他国にでも渡ったら大変だ。
「分かりました。今日中に決めます。コンラートさん、お時間は大丈夫ですか?」
コンラートさんは一日付き合ってくれるということなので、じっくりと考えることができそうだ。
昼食のあともコンラートさんを含めた四人(実際はアレンとコンラートさんの二人かな)で資料を読み解いていく。
「アレン、どう? 王宮からの情報は間違いないみたい?」
コンラートさんが席を外した隙に尋ねてみた。
「うん、王家しかわからないものは比べようがないけど、そのほかの情報はエリスちゃんからもらったものと変わりないようだね」
以前アレンが、情報屋と王宮の情報が同じなら王宮しか知らない情報もある程度信頼できると言っていた。もちろん私たちが、エリスに頼んで南部と東部の情報を集めたことはコンラートさんにも教えてないから、王宮が情報屋と同じ情報をわざわざ揃えたというわけでなく、今わかる情報を持ってきてくれたということになるだろう。
「それで、どちらが良さそうなの?」
「うーん、南部の情報が足りないけど、やりがいがありそうなのもやっぱり南部かな」
そうだよね。それに、東部は敵対している国が近くにあるって言っていたから、いくら穀物がたくさん採れたとしても心が休まらないよ。
「それに、もう一度カレーを食べたい!」
エリスもうんうんと頷いている。確かに、今は数が足りない香辛料を上手く栽培することが出来たら、カレーも毎日はともかく毎週だって食べられるようになるかもしれない。
「カレー……じゃなかった、クルだ。私だって食べたいけど、あれって元々アレンさんが考えたってクライブは言っていたけど、材料とかどうやって気付いたんだろう?」
ハンス船長は、香辛料が王都にあまり流通していないからクルを振舞うのは年に数回しかできないって言っていた。集めようと思ってもそれなんだから、昔はもっと王都には香辛料なんて無かったはずなのに、アレンさんが作り方を気付いたというのには違和感がある。あの頃のアレンさん、誰かに教えてもらったのかな?
「実はねボク、えーと……クルか、それのルーの中に入っている材料のことを覚えているんだ」
「どうして?」
「それは分からないんだけど、もしかしたら昔作ったことがあったのかな」
地球にいた頃、普通の家庭では市販のカレールーを買ってきて、それと材料と一緒に煮込んでカレーにしていたと思う。だから、カレーのルーの中に香辛料が入っているのは知っていても、どんな香辛料がどれだけ入っているかなんて知っている人は、あまりいないんじゃないかな。でも、私の家、春川家ではお母さんが香辛料から揃えて本格的なものを作っていた。私はカレー作りの手伝いをしたことは無かったからよくわからないけど、隣に住んでいたお兄ちゃん……ご両親が忙しくてうちによくご飯を食べに来ていたお兄ちゃんは、お母さんの料理の手伝いをよくやっていたから、お兄ちゃんならルーの中身を覚えていてもおかしくない。だって、カレーの時はいつも手伝っていたからね。
「お兄ちゃん」
「ん? 急にどうしたの?」
「ううん、何でもない」
お兄ちゃんは私が10才くらいの時に事故にあって死んでしまった。あの時はものすごく悲しくて、いつもぼさぼさだったお兄ちゃんの髪を、私がいつか切ってあげようと思って始めた美容師になる練習も結局やめちゃったんだよね。
ふふ、もしかしてお兄ちゃんって私より先にこちらに転生していたのかな。そして、私(春川有希)が何かの事故に巻き込まれたときに、助けに来てくれたのかもしれない。きっと、いろんなものを犠牲にして……お兄ちゃん、私のことをずっと守るって言ってくれていたから。
「? ボク、何かおかしいこと言ったかな?」
なんだか嬉しくて、顔が笑っていたみたいだ。
「なんでもないよ。でも、ありがとうアレン。これからもよろしくね!」
私たちは戻ってきたコンラートさんに、お父さんたちに勧める領地を南部に決めたことを伝えた。
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