第73話 それじゃ、こちらも始めようか

「私たちも帰るね」


 ハンス船長を見送ったクライブが戻って来たので、私たちもそろそろおいとましようと思う。迎えの馬車もそろそろ着いている頃だからね。


「ティナ、明日はコンラートさんと一緒に来るの?」


「ううん、コンラートさんは内務省から資料を預かってから来るって言っていたから、私たちは先に来ることになっているんだ」


「あれ? 迎えは?」


 アレンはクライブの方を見ているけど、明日はあの格好で来る予定なんだよね。


「心配しなくても、私たちで来れるから」


「わかった。ティナがそう言うんなら大丈夫だね。それじゃティナ、エリス、また明日」


 私たちはアレンにまたねと言って、王宮をあとにする。







「よかったね、エリス。ハンス船長、協力してくれそうだよ」


 王宮からの帰りはウェリス家の馬車が迎えに来てくれるんだけど、御者のおじさんだけなので、車内には私とエリスしかいない。だから、少し込み入った話もできるんだ。


「はい。でも本当に私でいいのでしょうか?」


「エリスはクライブのこと好き?」


「……」


 エリスは顔を赤くしてうつむいた。これだけで十分だよ。


「うまくいくといいね」


「はい……」


 ひずめと車輪の音を響かせ、馬車は貴族街へと向かう。







 その夜、夕食が終わったあと、コンラートさんにハンス船長から聞いたことを伝える。


「なるほど、そういうことならウェリス家もカペル家もためだろうな。さすがに王家との繋がりが強くなりすぎる」


 クライブが言った通り、あまり王家と近しい家ができることを、よく思わない貴族がいるみたい。邪魔に入ることまではないみたいだけど、せっかくなら、クライブとエリスの結婚を祝福してもらいたいと思う。


「他に引き受けてくれる貴族の家はあるでしょうか?」


「王家との繋がりを欲しがるところは多いから、頼んだら引き受けてはくれると思うのだが、調整が必要だろうな……。ビアンカ王妃は中央、その前のお妃様もガーランド侯爵の養子だったから中央で、クラーラ皇太子妃のご実家は東部か……。新しく王国に編入されて間もなく、これまで王家との繋がりが薄かった南部なら陛下や他の貴族の反対も少ないと思うが、私はあの辺りの貴族とあまり親しくないのだよ」


 南部か……


「ねえ、フリーデ。エリザベートちゃんって」


「はい、お家は南部だと言ってました」


「フリーデ、その子の家名はなんと言うんだい?」


「ギーセンです。お父様」


 そういえば、そう言ってた気がする。


「ギーセン伯爵か……評議員の一員だし、確かに南部の有力貴族だ。もし、カペル家が南部を選んだのなら、隣の領地になる間柄でもある。うむ、まずはこちらで調べてみよう」


 コンラートさんによると、いくら評議員であっても領地経営がうまくいってないとか、領民からの人気がないとか問題点を抱えているところもあるらしい。そういうところと王家とが婚姻を結ぶことはできないので、話を持って行く前に下調べをしないといけないんだって。確かに王家と縁戚関係があるところで反乱とかが起こったら大変だよ。






 翌日、私とエリスはウェリス家の使用人用の馬車で、通いなれた王宮への道を進んでいる。


「エリス、いい天気だよ。これならクライブも張り切っているはずだね」


 車窓から見える空は青く澄んでいてすがすがしい、街を歩く人たちも何だか楽しそうに見える。


「クライブ様がお怪我をされないか心配です」


 クライブは初めての軍事訓練を王宮の教練場でやるって言っていた。確かに昨日は気合が入っていたから、あの調子でやったら怪我してもおかしくないような気がする。でも、


「近衛兵のファビアンさんたちがいるから大丈夫だよ」


 エリスはファビアンさんとルーカスさんには会ったことないけど、寝る前に私の部屋でその日何があったかをそれぞれ話すことにしているから、どんな人たちかは知っているはずだ。


「そうですね。近衛兵になれるのは優秀な方だけだと聞いております。きっと、クライブ様の事を守ってくださるはずです」


「そうそう、怪我はしないと思うけど、筋肉痛になっているかもしれないから、会ったら冷やかしてやろうね」


「はい!」






 王宮の使用人用の入り口に到着した私たちは、執事さんに連れられてアレンの部屋へと向かう。


「おはよう、アレン」「アレン様、おはようございます」


 部屋の中にはアレンだけがいて、ベッドに座って本を読んでいた。


「おはよう二人とも、あっ、ティナはその格好で来たんだね」


「うん、これからも休みの日はこれで来ようと思っているんだ」


 今日の私はエリスのメイド服を借りてきた。これだと動きやすいし、何より使用人用の馬車で来れるから、窓の外を気兼ねすることなく見ることができる。


「クライブはもう教練場に行ったの?」


「うん、さっきね。でもあいつ、体力持つのかな……」


 クライブは、アレンが眠っている間はずっと部屋にいたって言っていたからなー。それに、ダンスの時もあれだし……。まあ、ファビアンさんたちが上手くやってくれるだろう。


「それじゃ、こちらも始めようか」


「えっ! コンラートさんを待つんじゃないの?」


「途中でコンラートさんが来るかもしれないけど、弟が頑張っているんだよ。お兄さんがしっかりしてないとおかしいよね」


 執事さんに案内されてやってきたコンラートさんが、王族のアレンがメイド服を着た二人に両脇から抱きかかえられ、引きずられているのを見て卒倒しかけたのは内緒だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る